『水平線に恋をして』 第六話 山崎憲治

大人の逸品エッセイ
2024.05.27
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 2023年9月のカンヌヨッティングフェスティバルは、EVビレッジと銘打ったBEVボートの展示ゾーンを設け、ある意味カーボンゼロ元年とでもいうべきメッセージ性を持っていた。
 
 その中心に位置していたのが、ポーランドのSIALIA Yachtsだ。

 水面に煌めきを残す淡いブルーのハルに、ホワイトのルーフを持つセミオープンのラナバウトが、清廉な趣を漂わせている。EV艇と言われなければ気付かないスポーティーなウイークエンダー艇と認識するだろう。実にうれしいことに興味津々のこのEVボートの試乗シートライアルが可能となった。

「水面を純粋な静寂の中で滑空するエミッションフリーの電動ヨッティングは、美しい自然を感じる素晴らしい経験になることでしょう」
 キャッチフレーズに心がのめりこんでいく。目の前にそのウイークエンダーボートがいる。

 

 さわやかなブルーのハルがナチュラルなメッセージを伝えている。スイミングプラットフォームから直立する船首ステムの船首部バウに向けて伸びあがり流れていくサイドライン。船体のブルーハルに開けられた中空のサイド手すりのブルワークウインドウ、ブラックアウトされたハルサイドの異形ひし形ウインドウ。フロントスクリーンにつながるサイドウインドウ。スポーティ-なオープンフォルムにホワイトのルーフが覆いかぶさるように組上げられている。ルーフの60%は開閉可能なキャンバストップ、採光は意のまま。後部スイミングプラットフォームから2段上がった淡いチークの張り込められたメインデッキはウオークアラウンドでバウのラウンジデッキに至る。

 アフトコクピットには広々としたサンベッドが置かれ、前方にはコノ字シートがセットされ、左舷にはバーカウンターのあるオープンキッチンのバーユニットがウエルカムムードを演出。右舷にはロングチェア、その前は操船席ヘルムステーション。左舷にはコノ字ソファがセットされ充実したエンターテーメントゾーンとなる。ヘルムステーションの構成はコンソールにセットされる2面の21インチモニターはもちろんタッチセンサー方式。左にEVバッテリー状況、モーターモニター、ドライブ状況表示モニターが位置する。右手はGPSプロンプター等のモニターとなる。眼前にはステアリング、その右手に2軸のモーターコントローラー、ジョイスティック、バウスラスターが整然とセットされる。ステアリングスポークには音響、ワイパー、トリム等のタッチスイッチ等がある。
 
 ヘルムシートは二人掛けのタンデムシート。インストルメントのモニターの表示を見なければこのボートがEV艇であることの認識は持てない。静かにジャズの流れるモダンで美しいウイークエンダーボートなのだから。ロアデッキはヘルム中央からコンパニオンウエイを5段降りる。チークフロアの淡いブラウンに薄い青の混じったオフホワイトのウオール、明るい北欧の面持ちあふれたモダンリビングが広がる。右舷にL字ソファ、左舷にキッチン・ギャレーが潜むサロン、バウにはダブルベッドのVバースが現れる。中央部ミジップにはアイランドタイプのベッド、クローゼット、パウダールームのオーナーズステートが用意される。刺激的な色や造形物のない心地よさが支配する空間が演出され広がりを見せている。

 「SIALIA Yachts」は電動カスタムヨットメーカーとして2017年に創立された。二人の天才的頭脳の持ち主、共にワルシャワ工科大学出身のStanisllav SzadkowskiとTomas Gackoskiの出会いからこのプロジェクトは始まった。
 彼らはマリンEVプラントの先駆者「AMPROS」のファウンダー&CEOであり、自分たちの夢を実現するためのブランドとして新たに「SIALIA Yachts」を立ち上げた。このプロトタイプというべき「SIALIA57deepSilence」のデビューは2022年。発表されたスペックは全長17.6m全幅4.8m、ドラフト1m。トップスピード25ノット。クルージング16ノット。EVパワー2×AMPROS400kW、バッテリー254kWh。レンジイクステンダーRExパワー390kW、燃料1500L、ACチャージ22kW、DC急速150kW、マテリアル、カーボンファイバー。航続距離229nm/16ノット。エンジニアリングはTG Yachts。Denis Popov Design Studio、ナバルアークテクトはVripack、16ノットで最適なクルージングを可能としたカーボンハルデザインの作成、現在最も先端的でハイパフォーマンスなチームと。EVシステム&ドライブトレインはEVプラントの先駆者「AMPROSシステム」。

 興味津々のシートライアル開始。儀式は簡単かつスマート。メインスイッチを入れ、充電ポストからコネクターを外し、専用ストレージに収納。モニターはチャートプロッターとBANK1、BANK2、BANK3のすべてのバッテリー状況、クルージングモードを表示する。IDLE、DRIVE。ELECTRIC、HYBRIDの動作状況表示。パワーkwと電圧表示。
 
 通常ならジェネレーターを起動させ、内燃機エンジンを起動させる。そのくぐもる音やかすかなバイブレーションなどが伝わるが、すべてが無音のまま。ヘルムのモニターはアイドルを示している。そのまま通常のコントローラーをワンクリック、ザザと水の音。ペラが水中で水をかき駆動が伝わった証、クンと動き出す。LIMITED POWERモードで静かにポート内を抜け出す。5ノット12kW。NOMALモードで走行。穏やかなカンヌ沖。晴れ気温25度、波0.5m~1m、南西の風5m。 波の音のみが聞こえている。10ノット93kW。スムーズな加速、滑走プレーニング領域を超える、15ノット300kW。左160kWシャフト回転数982rpm、右140kWシャフト回転数952rpm。18ノット743kW、24ノット734kW、25ノット734kW左シャフト回転数1404rpm右シャフト回転数1412rpm。ゆっくりと回頭を試みる。スムーズな動きの連続で自分のポジションを中心に回頭していく快感がある。23ノット724kW左右シャフト回転数1366rpm。大胆な試みをしてみる。0→MAX。コントローラーを一気にフルアップ。フラットなまま小気味よい加速が続く、10秒で23ノット、12秒で25.5ノットに。コピーには20~25ノットまでわずか7秒。最大6MWの電力。モーターパワー2×800kw。16ノットクルージング。バッテリーキャパ、1MWh。とある。ほぼ間違いないと納得する。係留し使用していない時でも、世界のどこからでも制御監視できる管理システムBMSを採用、エネルギー使用量を最適化している。バッテリー残量が40%を切ったあたりでジェネレーターが回り始めた。波音の陰にかすかにくぐもった音が潜んでいる。レンジエクステンダーRangeExtender仕様、350kWhバッテリーに+390kWh。航続距離は8ノットで571nm。16ノットで229nm。25ノットで24nm。日常のウイークエンドボーティングに支障はない。パラレルハイブリッドの水素RangeExtenderも選択可能だ。
 
 「ノイズレベル0dB、SIALIAで体験する静寂と快適さによりオーナーは自然に完全に浸ることができる。波の音だけを聞きながら目的地に向かいアンカリング。これまでにない静けさの中で目覚める、自然と溶け合う素敵な世界が待ち受けています」新たに清廉なマリンライフがみえてきた。

 SIALIA57deep SilenceはSIALIA59Lineとして発展しモデル展開を始めた。カーボンハルワイドビーチクラブの59Weekender、59Runabout、59Sport。カーボンハルワイドビーチクラブ艇は3艇種。アルミニュームハル59Volantis Tenderと59Volantis Launchのアルミニュームハルは2艇種。ワイドビーチクラブ艇は折りたためるオープンデッキとテンダーガレージを持つカーボンハル艇。エココンシャスでエレガントなヨッティングライフを象徴するアルミニュームハル艇。それぞれの個性あふれた59LINEの5艇種はマリンライフのきらめきに満ちたメッセージをもたらした。

切れのある軽快な走りを見せる。2条の深いチャインにディープVのスポーティーなカーボンケブラー製ハル。ヘルムのコンソールはグラフィカルなレイアウトを見せる。

解放感あふれるオープンテラス、バーカウンターにギャレーのアシストが嬉しいサロンが展開する。

ロアデッキはチークフロアにホワイトウオールの明るいサロンとミジップのオーナーズステートが広がる。エレガントなバウキャビンも充実。

静寂な水上移動体、その動態性能は通常のエンジン搭載のスポーツボートと何ら変わらない。海の上を波音と風の音だけを聞きながら走る新しい体験、水面のフライヤーだ。

プロフィール

Kenji Yamazaki【山崎憲治】
 

クルマとプレジャーボートに対する情熱と日本人で最も多くの大型プレジャーボートのテスト経験者としての評価が高い、
海外ボートショーでも知られたジャーナリストである。

2008から「ボート・オブ・ザ・イヤー日本」に携わり、現在は「ボート・オブ・ザ・イヤー日本」実行委員長。

2000年から、「日本カー・オブ・ザ・イヤー」実行委員を務め、現在は同組織で評議委員。

また月刊PerfectBOAT誌顧問。

主な著作は『日本の外車生活』(双葉社)、『新・ニッポンの外車生活』(ネコ・パブリッシング)など。

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