『昭和34年創業「ナバタ式銘品百貨店」』 第七回 松本零士先生とブライトリング・クロノグラフの思い出 名畑政治

大人の逸品エッセイ
2025.03.31
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松本零士先生と演じたブライトリング争奪戦秘話
 

 日本を代表する漫画家・アニメ作家であり、時計コレクターとしても知られる松本零士先生が星の海に旅立たれて3年がたった(御命日は2月13日)。実はその時、別の媒体で松本先生の追悼記事を準備していたのだが、なんだかバタバタと他の案件で忙しく、そのままになってしまったのだ。

 そこで今回は、その追悼記事のために準備した松本先生と僕の時計にまつわる、ささやかな思い出を紹介したいと思う。

 
 あれは今から30年以上前。僕の行きつけのアンティーク時計店が中央線沿線の某駅前にあった。開店直後にその店が出した時計雑誌の広告を見て訪ね、1本のアンティーク時計を買って以来、懇意にしていたその店を、ある日に訪ねたところ、ショーケースの中にひとつの気になる懐中時計を見つけた。「ちょっとこれ、お願いします」とマスターに頼んで見せてもらったところ、第二次世界大戦中にスイスのブライトリングが製造し、アメリカ軍に供給された懐中時計のクロノグラフであることがわかった。
ちなみにクロノグラフとは、時計機能に加え経過時間を計測するストップウォッチ機能を持つモデルのこと。

 
 ダイアルはマットなブラック。そこに白いペイントでブランド・ロゴが入るのが普通だが、そのモデルは極力、目立つ要素を排除する目的からか「Breitling」というロゴが中央にさりげなく刻印されていた。

 そして裏蓋には軍用の官給品であることを示す細かな記載(ミルスペック)がびっしり刻まれている。時計全体の程度も極上。軍用品とはいえ、ほとんど使用された痕跡のないミント・コンディションの逸品であった。
 

「これ松本先生はご覧になったんですか?」

実はその店、松本零士先生が何度か訪れてヴィンテージのクロノグラフを購入したことがある、先生行きつけの店だったのだ。


「いや、さっき写真ができあがってきたので封筒に入れて送ったばかりです。だからまだ松本先生は見てません」
「なるほど、そうですか」
「ナバタさん、松本先生を出し抜くなら今ですよ!」

とマスターの悪魔のささやき。しかし、その時の僕には、そのブライトリングを即決で購入できるほどの財力と気合いが欠如していた。

「明日、先生のところに写真が届いたら、きっとお買い上げだろうなぁ…」と漠然と思いつつ、僕はその店をあとにした。

▲1940年代、スイスのブライトリングが米軍向けに製造したポケット・クロノグラフ。センターの白く長
い針が計測用のクロノグラフ秒針。12時位置にあるのが30分の積算計。6時位置のサークルはスモールセ
コンド。概ね良好な状態だが、松本先生がお買い上げしたものは、さらに美しく新品同様だった。ケース
外径50.0mm。

▲ブライトリングのポケット・クロノグラフに搭載されているムーブメントはスイスの基礎ムーブメント
(エボーシュ)・メーカーであるヴァルジュー(Valjoux)社製のCal.5。クロノグラフ機構を支えるブ
リッジにはブライトリングの米国での販売会社「ワックマン(WAKMANN)」と刻印されイエローのペ
イントが入る。手巻きの17石。クロノグラフ操作はリューズ同軸のワンプッシュ式。

買い逃した幻のクロノグラフと運命的な再会!
 

  それから一週間ほどあと。僕はその店のある駅からちょっと離れたところにある時計師さんの工房へと向かった。その時計師さんとは本間誠二さん。かつてセイコー(第二精工舎)の技術者だった本間さんは早くに退職して修理工房を営みながら、時計の販売も行う知る人ぞ知る時計師であった(その後、時計雑誌に取り上げられて有名になりましたが)。

 僕は学生時代、世田谷ボロ市でアンティーク時計を売っていた本間さんと知り合って以来、工房に通って時計の修理をお願いしていたのだ。そして修理の話が一通り終わったころ、本間さんはこう切り出した。
 

「ナバタさん、この前、あの店に入ったブライトリングのポケット・クロノグラフはご覧になりましたか?」
「ええ、見ましたけど、ちょっと決断できなくて…」
「そうですか。あれはなかなか出ない珍しい名品ですよ。もしもまだ松本先生がお買い上げになっていなかったら買われたほうがいいですよ!」
「ああ、やっぱりそうですか…」


 実は本間さん、松本先生の時計コレクションの主治医であり、あのアンティーク時計店の商品の修理や調整を引き受けていたから、例のブライトリングも入荷した際に点検していたのである。

 本間さんにそこまで言われたからには簡単に引き下がるわけにはいかない。駅からちょっと離れた工房から駅まで、まるで競歩の選手のように早足で歩き、ハアハアいいながら店に着いたところ、ショーケースに例のブライトリングはなかった。


「あのブライトリング、どうなりました?」
「ハイ、松本先生にお買い上げいただきました!」

とニッコリ笑顔のマスター。だよね、やっぱり。かくしてあのブライトリングは僕にとっての幻となった。

 ところがそれから数週間後、東京モノレールの駅に近い流通センターで開催される「平和島骨董まつり」に出向いたところ、とある骨董商が並べた雑多な懐中時計の中に例のブライトリングのポケット・クロノグラフを見つけたのだ。

「うわっ! ブライトリングあるじゃん!」手にとってシゲシゲと眺めるとダイアルが若干荒れている以外はコンディションも悪くない。無論、松本先生お買い上げ品よりは落ちるが、これもまた十分に美しい第二次大戦中のポケット・クロノグラフだ。


「おじさん、これいくら?」
千円だね」

なんと骨董商の提示した価格は、あの店の価格の半分以下! これはもう絶対の"買い!”なのだが…。


「実はさっき1万円使っちゃって、所持金がもう万円しかないんだよね。だからこの時計を買っちゃうと、すっからかんで帰りの電車賃がなくなっちゃうんだけど?」
「わかったよ、
万円でいいよ!」

なんと骨董商のおじさん、一気に1万円近くもディスカウント! これなら電車賃も確保できるし、御飯も食べて帰れるぞ。

 というわけで、あの店で買い逃したブライトリングとほぼ同じポケット・クロノグラフは無事に我がコレクションに加えることができたのでありました。良かったね!

▲マットなブラック・ダイアルのセンター軸上に刻まれた「Breitling」のロゴ。なぜこのような目立たな
い仕様になっているのかは不明。同時期に軍に納入されたハミルトンのポケット・クロノグラフではロゴ
が白くペイントされているのに、なぜかブライトリングは刻印。果たしてそれは米軍からの要請だったの
か?

▲ミルスペック(軍用品規格)が細かく刻まれた裏蓋。このモデルのケースは真鍮にクロームメッキのた
め、削り込んだ文字が金色のブラス色。松本先生お買い上げ品はステンレススチールのケースで刻印も大
きく、繊細に刻まれていた。

松本零士コレクションの主治医

時計師・本間誠二さんとの思い出
 

 先ほど紹介したように時計師の本間誠二さんは一時期、松本零士先生のアンティーク時計コレクションのオーバーホールや修理を担当していたことがあった。そこで僕は2000年に松本先生にインタビューした際、本間さんとのことを尋ねたところ、先生はこんな思い出を語ってくれた。
 

「ブライトリングのナビタイマーのクロノグラフ機能でアニメーションの登場人物の会話を何分何秒と測ったりしていました。ところが15~16年も使っていたら、なんだかプッシュボタンがフニャフニャになってきてね。それで買った店に持っていったら『もう修理できない』と言われて。それで本間さんに直してもらったんです。

 それからケースの脇のあたりがへこんでいるでしょ? これは私がバイクで壁に激突してベゼルのところを曲げたから。その時はさすがに止まりましたが、それもまた本間さんに直してもらって今も元気に動いています。でもダイアルの一部もへこんでいるんです。ただ、このダイアルだけは替える気がしないんだね。というのは、『おいどん』も『エメラルダス』も『ハーロック』も、このナビタイマーを睨みながら描いていたからね」
 

 そういえば、松本先生の代表作のひとつである戦場の過酷さを描いた「ハードメタル」シリーズの中に、本間さんがモデルだと思われる時計師が登場する作品がある。それが「ビッグコミック」(小学館)1989年4月10日号に掲載された「BLUE METAL 6 クロノ グラフの墓石」である。

 この作品に出てくる時計師は、太平洋に浮かぶ絶海の孤島に住み、回転計算尺で各種の計算ができるだけでなく、暦を正しく表示し経過時間の計測もできる「永久カレンダー・クロノグラフ」を作っているのだ。

 その作品を古本屋で探しあてた僕は、松本先生の時計好きエピソードを紹介する記事を書いた際、「この作品に登場する時計師は、もしかしたら本間さんじゃないですか?」と尋ねたことがあった。すると先生は「もう、あまりに昔のことなんで忘れてしまったなあ」と回答。それが実は旅立たれる1年ほど前のことであった。
 

 それにしてもなんという巡り合わせだろうか。子供の頃、その作品を心躍らせて読んだ少年が、憧れの巨匠とアンティーク時計の争奪戦を密かに繰り広げ(最初っから相手になりませんでしたが)、やがて取材で知り合って時計の話を直接聞き、その後も時計イベントでご一緒し、膝つき合わせて時計の話ができるようになるなんて! ひとりの漫画ファン、そして時計ファンとして、これは望外の喜びでありライター冥利につきるのだが、できることなら、もっともっと松本先生と時計談義をしたかった。それだけが今も心残りだが、改めて松本零士先生の御冥福を心よりお祈りしたい。

▲松本先生も私も大変にお世話になった時計師の本間誠二さん(故人)。若くして第二精工舎(現SII)に入社し、時計の組み立てに従事。その後、退社して工房を構え、時計の修理や販売、さらには自動車レースのタイム計測なども行ったという。また1974年のテレビ番組では、超能力者ユリ・ゲラーが超能力で止まった時計を動かすという実演をスタジオで確認する役目を担った。写真は「世界の腕時計 18号」(1994年)より引用。

▲松本零士先生の時計に対する情熱がぎっしり詰まった「時の歯車 機械幻想スイス紀行」(1999年 NHK出版)ベースとなったのは1995年9月2日にNHK衛生第二で放送された松本先生のスイス紀行番組「世界・わが心の旅 スイス・時計工房にロマンを求めて」の取材。ここで松本先生はオメガやブランパンなど有名時計の本社工場を巡り、時計博物館を訪ねて時計への情熱を炸裂させている。また本の後半では自身のコレクションを紹介。残念ながら例のブライトリングのポケット・クロノグラフは登場せず。本間さんとのエピソードも満載です。

▲2000年1月に発行されたブライトリング・メンバーズ・クラブ会報誌「NEWS BREITLING」21号にご登場いただいた。その時、松本先生のブライトリングとの馴れ初めを伺ったが、僕は緊張していて例のポケット・クロノグラフの件を話すことができなかった。

▲「HARD METAL(ハードメタル)」全3巻は、小学館の「ビッグコミック」に掲載された戦場漫画を集めた短編集。その「III」所載の「BLUE METAL 6 クロノ グラフの墓石」は、松本先生のクロノグラフ愛が感じられる名編。

▲「クロノグラフの墓石」に登場する時計師は絶海の孤島で回転計算尺付きの永久カレンダー・クロノグラフ(スーパーコンプリケーション!)を手作りする奇特な老人。僕は密かに「モデルは本間さんに違いない」と思っている。

▲2015年にオメガが開催したパーティで松本先生とご一緒した。先生は「時の歯車」の表紙にも登場した「オメガ/スピードマスター・ムーンフェイズ Ref.ST 345.0809」(1985年)を、僕は「オメガ/スピードマスター3rdモデル Ref.ST 105.003」(1966年)を着用(我ながら顔が嬉しそうすぎて恥ずかしい)。

▲こちらは2018年11月に銀座・天賞堂で行われた松本先生によるブライトリングのトーク・イベントにて。この時はふたりともブライトリングを着用(見えないけど)。

プロフィール
Masaharu Nabata【名畑 政治】
 

1959年、東京生まれ。’80年代半ば、フリーランス・ライターとしてアウトドアの世界を

フィールドに取材活動を開始。
’90年代に入り、カメラ、時計、万年筆、ギター、ファッションなど、

自らの膨大な収集品をベースにその世界を探求。
著書に「オメガ・ブック」、「セイコー・ブック」、「ブライトリング・ブック」(いずれも徳間書店刊)、「カルティエ時計物語」(共著 小学館刊)などがある。
現在は時計専門ウェブマガジン「Gressive」編集長。

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