『Wine百色Glass』 ”Glass13” 樹林ゆう子

大人の逸品エッセイ
2025.02.27
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▲パリのビストロでの撮影
客は全員エキストラだが、監督からは服装の指示もあった
▲パリのビストロでのカメオ出演
このシーンだけで30回はやりなおした(笑)

 世界各国に配信され、先日国際エミー賞もいただいたドラマ「神の雫/Drops of God」は、好評につき、現在シーズン2の制作が進んでいる。1月はおもにフランスのパリ周辺で撮影が行なわれたのだが、実はこのパリでのロケ、我々原作者姉弟も、通行人に毛が生えた程度のチョイ役で出演することになった。
 原作者や監督が、自分の関わる作品にゲストとしてほんの短い時間、登場することを「カメオ出演」というらしい。アクセサリーのカメオは遠目にも華やかで目立つので、著名人が作品にチラ出することを、そう呼ぶようになったとか。ヒッチコックやチャップリンが、自分の監督映画にカメオ出演していた話などは有名である。我々のような地味な原作者がカメオのように目立つ存在かどうかわからないが、面白そうなので引き受けることにした。

 かくして一月末、東京からはるばる足を運び、撮影現場となるパリの有名ワインビストロをれた。我々に割り振られたのは「パリでの大規模なワインコンクールのあと、ワイン好きが集まるビスト
ロにたまたま来た2人の日本人客」という役柄。まあ、役ともいえないような役だ。
 

 事前に聞いた話では、特にセリフはなく、お客として席に座ってワインを飲むだけ、ということだったのだが、撮影現場で監督から「やっぱり、セリフ言ってもらいましょうかね」といきなり振られた。

 
 エッ?セリフ?話が違うではないか……(汗)。

 即興で振られたシナリオはこんな感じである。ドラマの主役であるカミーユ・レジェがカウンターに座って商談をしているところに、日本人客2人(つまり我々)が通り掛かる。カウンターに座っているのがワイン業界では有名なカミーユであることに気づいた2人は、「ねえ、あれカミーユじゃない?」とヒソヒソ話をしながら近づいて「あの、カミーユ・レジェさんですよね?」と日本語で話しかける(これは弟の担当)。カミーユは日本語を話す設定になっているので「ええ」とうなずく。
 で、私が「一緒に写真、いいですか?」と話しかけると「もちろん」と日本語で快諾してくれ、弟がスマホを出して3人で自撮りする……という段取り。
 なんだそれだけか、と思われるかもしれないが、これが意外と難しいのだ。セリフが早口すぎるとか、自撮りする時の手の角度がよくないとか、なかなか一発で決まらないのである。おまけに監督のオデット・ラスキン氏の映像への「こだわり」は普通じゃない。1つのカットを撮るのも、引いたり寄ったり角度を変えたり背景を変えたりしながら「最低20回は撮る」のが基本なのだという。

 ラスキン監督のこだわり流儀にお付き合いして、我々も店の中を行ったり来たり、反対から歩いてみたり、自撮りの角度を高くしたり低くしたり……。びっくりしたのは「靴のカツカツいう音が聞こえる」といわれて、靴底にラバーを貼り付けるように指示されたこと。音楽がガンガン鳴っているビストロでも、靴の音は意外と耳障りなのだそうだ。配信映像だとスマホにイヤホンで聴く人が多いからかもしれないが、それにしても、究極に細かい配慮である。

 かくしてカメオ出演撮影は午前11時すぎから15時まで続き、やっと終わったときは、いつものノリで軽口をたたけないほど消耗しきってしまった。イヤハヤ、これを毎日やっている俳優さんたちは、我々より何倍もタフで、忍耐強いのだろう。

 だが、神の雫ドラマにおける映像の厚み、引き込まれるような見応えと存在感は、このラスキン監督の「最低20回は撮る」という姿勢なくしては生まれなかったのだろう。改めて、彼のゆるぎない情熱と哲学に敬意を表したい。

▲ラスキン監督と記念撮影

●ブルゴーニュのドメーヌは「世代交代」真っ只中●


 さてパリでの撮影を終えた後はTGVを乗りついで、5年ぶりにワインの銘醸地、ブルゴーニュに向かった。せっかく海を渡って来たのだから、神の雫の作者としては、世界最高のワインを生み出すフランス随一の産地を訪問せずには帰れないというものである。
 ここでは、ルー・デュモンというドメーヌ(醸造所)を立ち上げて活躍する日本人醸造家・仲田晃司さんや、地元ブルゴーニュ人にも超人気の和食店「媚竈(びそう)」のマダム・澤畠祥子さんのアテンドで、普段はなかなか訪問できない人気ドメーヌをいくつか回ることができた。

▲ニコラ・グロフィエ
神の雫に登場した彼らのワインを、パネルに飾ってくれていた

 ブルゴーニュを初めて訪問したのは18年前だったと記憶しているが、当時と比べて……いや最後に訪問した5年前と比べてさえも、驚くべき変化が生まれていた。それはひとことでいうと醸造家の「世代交代」であり、さらにこの世代交代によって、これまでにない斬新な試みがそこかしこで始まっていたのだった。
 
 例えば超人気ドメーヌ「ロベール・グロフィエ」もそのひとつ。ドメーヌは現在、今年41歳になる4代目のニコラ・グロフィエが醸造を取り仕切っているが、彼はこれまでの当主にはできなかった大胆な改革に、いくつも着手している。
 ちなみに、ブルゴーニュワインには、飛び抜けて高価で、入手困難な畑(キュベ)というのがいくつかある。グロフィエがこの産地で最大面積を所有する「シャンボール・ミュジニー・レ・ザムルーズ」も、そのひとつだ。これらの畑を、ニコラはドローンを使って上空から土壌分析し、表土が薄く冷たい場所にあるテール・ブランシュ(石灰質が多い白っぽい土)と、日あたりがよく成熟が早いテール・ルージュ(粘土質が多い赤い土)との境界線を見極め、赤と白の土壌を別々のキュベとして作り始めたという。今回、赤と白の両方を試飲してみたが、「赤は陽気で、白は高貴」というのが私の印象。どちらもクラクラするほど美味いが、同じ「レ・ザムルーズ」を名乗るワインとは思えないほど、違いがはっきり伝わってくる。土壌の違いは、ワインの個性に直結しているのだ。
 ニコラは人懐こい笑顔で私たちに「またこれからも、新しいワインを作りますよ」と目を輝かせて話してくれた。赤い土と白い土の対角にある畑から生まれたキュベをブレンドした新商品を作るのだという。

前代未聞の試みだが、その第一弾の発売にむけて、すでに準備は整いつつあるらしい。

▲赤い土壌と白い土壌の2つのアムルーズ
デザインも異なっている
▲試飲テーブルにはシャンボール・ミュジニー村の彼らの畑の見取り図が敷かれている

▲ドメーヌA.F.グロでの試飲
当主の娘、カロリーヌが解説をしてくれた
▲現状では樽とクレイヴァーの併用で醸造しており、樽のほうがまだ量としてはだ多いそうだ

 7世代200年以上に渡りブルゴーニュに君臨してきた名門中の名門の一族、グロ・ファミリーでも、世代交代の波が押し寄せてきていた。一門のひとつ、ドメーヌA.F.(アンヌ・フランソワーズ)グロでは、イタリア製の陶器と磁器の中間に位置するクレイヴァーという新世代の醸造容器を、2023年ビンテージから本格導入しはじめた。これはいわばセラミック的な多孔質の素材で、酸素の透過量が少ないため樽よりも酸化が緩やかで、樽の香りもつかずクリアーなワインができる。そして半永久的に使えるので、長い目で見れば樽よりもコストがかからないという。

 現当主のアンヌ・フランソワーズに替わって、今まさにドメーヌを切り盛りするのは二人の子どもたち。醸造家の弟・マティアスとビジネス担当の姉・カロリーヌだ。コマーシャルディレクターでもあるカロリーヌは、この新容器の利点を熱く語ってくれた。
 
 ブルゴーニュでは合計7カ所のドメーヌを回ったが、5年前に会った当主たちは、ほとんど一線から退き、次の世代に席を譲っていた。その一方で、若い世代は先代、先々代からワインの哲学を学び取り、着実に自分のものにしてきている。
 今回、ブルゴーニュで何度か耳にした言葉がある。
 
 「いかにして葡萄に人間の手を加えずワインを作るか」
 「自然がワイン作りの教師」「畑をワインで表現する」……。

 それは5年前も18年前も、同じように語られてきた言葉だ。
 彼らは今も昔も、自然をそのまま写し取りたいという思いでワイン作りに挑んでいる。新しい世代が画期的なツールを駆使して新商品を作り出したとしても、「自然を表現するのがワイン」という醸造哲学は、世代を超えて揺るぎなく継承されている。だからこそブルゴーニュはどこのよりも人間的なワインが生まれ、それゆえ世界中から愛され、求められ続けているのだろう。

▲A.F.グロで23年から使い始めた新型醸造容器クレイヴァー

プロフィール

Yuko Kibayashi 【樹林 ゆう子】
 

弟とユニットを組み、漫画原作を執筆。姉弟で亜樹直(あぎ・ただし)のペンネームを共有し、
2004年からワイン漫画「神の雫」を連載開始。
「神の雫」はフランスのほか韓国、台湾、アメリカなどでも翻訳され、翻訳版を含む発行部数は1200万部。

2009年、グルマン世界料理本大賞の最高位の賞「殿堂」を受賞。
2023年現在、ドラマ「神の雫/Drops of God」が世界配信され、各国で好評を博している。

【編集部より特報!】同ドラマは、膨大な作品数を誇るApple TV+(2019年にサービススタート)の過去全てのオリジナル番組中で、歴代ランキング・ナンバーワンを獲得! 
日本ではHuluにて独占配信中! https://www.hulu.jp/static/drops-of-god/

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