山Pこと山下智久さんが遠峰一青を演じた漫画「神の雫」の配信ドラマ版「神の雫/Drops of God]が、めでたくも52回国際エミー賞の「連続ドラマ部門」を受賞した。
国際エミー賞とは、さまざまな国の放送局や番組制作会社などを代表する900人以上の会員で構成される「国際テレビ芸術科学アカデミー」が主催。アメリカ以外で制作・放送された優秀なテレビ番組に贈られるという、権威ある賞である。受賞しました、と編集者から連絡がきた時には「エッ、本当にとったの?」と、思い切り驚いたのであった。
実はこの発表のちょっと前から「ドラマ神の雫が国際エミー賞をとるかもです。受賞したらすぐコメント出したいので、用意しておいてください」と編集者に言われていた。わかりました、と返事をしたが、そんな立派な賞をとるなんて「まさか」と思っており、そのままスルーしてしまっていた。
「受賞しました!コメント即ください!」というメールを読んだのは、歯医者に行く途中の電車の中だった。治療が始まったら書けないので、慌てて考えて、満員電車で身体をねじりながらスマホで書いて送信した。イヤイヤ……ちゃんと準備しておけばよかった(汗)。
国際エミー賞受賞のニュースは華々しくネットやテレビで報じられたので、数多くのお祝いメッセージが舞い込んだ。製作総指揮のクラウス・ジマーマン氏、監督、そして山下さんやフランス人女優のフルールさんの才覚と努力があってこその受賞だったと思うが、原作を描いたということで、我々も祝ってもらえたわけである。
受賞コメントにも書いたが、神の雫という「ワイン愛」から生まれた漫画が、国際ドラマとなって生まれ変わり、世界中の人に楽しんでもらえることになるとは……。これもワインの神様のお蔭だと私は本気で思っているし、ワインという酒は何か神通力のようなものを持っている気がしている。
国際エミー賞のようにメジャーではないが、実は一昨年秋にはイタリアの大手ワイン企業「MASI(マアジ)」社の財団から、「the Masi International Prize for the Culture of Wine」(マアジ国際ワイン文化賞」という賞も頂いた。
マアジというワイナリー名をご存じない方も多いと思うが、同社は北イタリア・ヴェネト州ヴァルポリチェッラ地区で、葡萄を乾してから醸す独特の製法の「アマローネ」と呼ばれる辛口赤ワインを作っている。アマローネはヴァルポリチェッラ地区の特産物で、狭いエリアにこの酒を作る大小のワイナリーが数多くひしめいているが、1772年から葡萄の収穫を始めたという同社はその老舗生産者であり、年間1200万本、価格にして6000万ユーロを売る最大手で、アマローネ市場を牽引している。
そのマアジが所有する財団が、ワイン文化に貢献したとして我々に賞をくれるという。「授賞式には是非、来て欲しい」と熱いメッセージが届いたので、昨年10月、私と弟は遠路はるばるローマ、ベネチアと乗り継いだ後、車で一時間半走り、ほぼ丸一日かけてマアジの本拠地・ヴェネト州ヴェローナまで出かけていった。
●干し葡萄から作る辛口ワインは偶然から生まれた
ヴェローナの町はなにもかも古い。石畳も建物もすべて何世紀か前のもの。18世紀の絵画などは「新しい作品」と言われてしまう。私たちの受賞セレモニーが行なわれたのも、7世紀からあるロマネスク様式の教会だった。
ヴェローナに滞在中、我々は贅沢なことに昼も夜も、アマローネを飲んで過ごした。アマローネは、リーズナブルなものが多いイタリアの地ワインとしては高級酒の部類である。極上のアマローネを飲みたいのなら100ユーロは出すべきだ、ともいわれている。
アマローネが高価なのには理由がある。まず第一に、収穫した葡萄を室内で陰干しして(アパッシメントという手法)、40%ほど水分が経るまで、3~6か月ほど、待たなくてはならない。加えて、木樽で2年から3年発酵させたのち、半年から1年かけて瓶熟成をさせるので、収穫から出荷まで最低でも34カ月かかることになる。また陰干しで水分がなくなる分、当然ながら、通常の倍近い「生葡萄」が必要になる。こうした手間と時間とコストが、そのまま価格に反映されているということだろう。
陰干しして凝縮した葡萄で甘口ワインを作るワイナリーは世界に数多くあるが、辛口ワインを作るというのは珍しい。なぜもともと甘味が強いはずの干し葡萄を、あえて辛口に仕立て上げるのだろうか……とこれまでもなんとなく疑問だったのだが、アマローネが誕生した経緯も、このたび知ることが出来た。
アマローネの産地ヴァルポリチェッラ地区では、1930年ごろまでは、陰干しした葡萄で、「レチョート」と呼ばれる甘口ワインを作っていたそうだ。収穫した葡萄を陰干しし、アルコール発酵の過程で酵母の働きをあえて中断して、酵母が食べ残した糖分をそのまま維持する形で甘口ワインに仕上げていた。
ところがある時、いくつかの樽で発酵を中断するのを忘れてしまい、気がついたときには全ての糖が発酵を完了し、アルコールに変わってしまったのだという。しかし醸造責任者がひとつの樽のワインを試飲してみると、甘くはないが、素晴らしい辛口赤ワインが出来ていた。醸造責任者が「甘口のレチョートではなく、辛口( アマーロ) のレチョートができた」とワイン生産者協同組合のトップに伝えたところ、彼はそのワインを試飲して感激し、「これは単なるアマーロではない。偉大なアマローネだ」と語り、アマローネという名前の辛口赤ワインが世に出た。今や世界中にその存在を知られているこのワインは、偶然から生まれたのである。
今回の訪問では、マアジ社の畑に隣接した巨大な「葡萄の陰干し小屋」も見学させてもらった。風通しのいいこの小屋には葡萄をぎっしりと並べた棚が何段も設えてあり、満遍なく自然の風が当たるよう、工夫されている。それもすごいのだが、「暑すぎる日にはコンピュータが作動して、冷房ではなく自然の風をさらに取り込むシステムになっている」という。冷房ではナチュラルな状態に陰干しができないのかもしれないが、自然の風をわざわざ増量するなんて、冷房よりも難しい気がする。こんな手間をかけていたら、やっぱり多少値段が高くないと合わないだろう。
マアジ社では5種類のアマローネを販売しており、すべてを試飲させてもらったが、なんというか独特の個性、他のワインにはないメッセージ性を備えている。まるで「干し柿」のような乾いてギュッと詰まった果実味があり、それでいて甘くはない。太い筆で描いた絵のように、輪郭がしっかり、はっきりあって、しかし暑苦しさはなくてのど越しはシルキー。是非とも一度は飲んでみて、この不思議な魅力を体験してほしいものである。
余談だが、式典の前の日に、マアジ社が運営するレストランに連れていってもらい、マアジのアマローネで煮込んだという超贅沢なリゾットを食べた。ワインの甘い香りが鼻孔をくすぐり、アルデンテのちょっと芯の残るお米にアマローネが浸透していて、実に滋味深い味わいだった。今でもしっかりその美味さを覚えている。
この受賞から一年ちょっと経ち、副賞の2018年ビンテージのアマローネが弟と私にそれぞれ60本、イタリアから船便で送られてきた。さすがに60本は多すぎて保管場所に困るので、ワイン仲間やお世話になった方に、記念品として少しずつお裾分けしている。 そして実は近々、この副賞のワインをふんだんに使って、あの素晴らしすぎるアマローネ・リゾットを作ってみようかと密かに企んでいる。たくさんもらったからいいような気もするのだが、でもやっぱり、贅沢すぎるかなぁ……。
プロフィール
Yuko Kibayashi 【樹林 ゆう子】
弟とユニットを組み、漫画原作を執筆。姉弟で亜樹直(あぎ・ただし)のペンネームを共有し、
2004年からワイン漫画「神の雫」を連載開始。
「神の雫」はフランスのほか韓国、台湾、アメリカなどでも翻訳され、翻訳版を含む発行部数は1200万部。
2009年、グルマン世界料理本大賞の最高位の賞「殿堂」を受賞。
2023年現在、ドラマ「神の雫/Drops of God」が世界配信され、各国で好評を博している。
【編集部より特報!】同ドラマは、膨大な作品数を誇るApple TV+(2019年にサービススタート)の過去全てのオリジナル番組中で、歴代ランキング・ナンバーワンを獲得!
日本ではHuluにて独占配信中! https://www.hulu.jp/static/drops-of-god/