30年以上前に遡る
僕とアリス・ファームとの出会い
1980年代の半ば過ぎ、25歳ぐらいで雑誌ライターとして仕事を始めた僕にとって、自分が少年時代に読んだ本や雑誌に登場していた人々に会うことが、ひとつのミッションであった。つまり自分の教養の基盤や人格形成の過程で先生となった、いわばレジェンドたちに会いたいというのがライター稼業を支えるモチベーションでもあったのである。
そんなレジェンドのひとりが「アリス・ファーム」を主宰する藤門弘さんだ。
藤門さんと「アリス・ファーム」を知ったのは、おそらく高校生のころ。たしか「ポパイ」か「メンズクラブ」でのイラストレーター小林泰彦さん(この方も僕のレジェンドのひとりです)のイラスト・ルポではなかったかと思う。
1974年に岐阜県の飛騨高山で活動を開始した「アリス・ファーム」は1983年に北海道の赤井川村に移転。それをレポートしたのが小林泰彦さんの記事だったが、そこにいつか訪れるのが僕のひとつの目標となった。
そのチャンスは意外にも早くやってきた。ライターの仕事を始めて最初に「BA-PAL(ビーパル)」(小学館)で担当したのが、「ビーパルに登場した有名人の新年に向けての抱負」を聞いてまとめるという記事で、その有名人のリストに藤門さんが入っていたのだ。
そこで「アリス・ファーム」に電話を入れ、藤門さんに新年の抱負を直接、聞くことに。藤門さんは当時、牧場で羊を飼い始めたばかりで、その飼育の大変さと魅力を語っていただき、コメントに添える写真をもらって掲載した。雑誌は無事に発行され、見本誌も送付したが、藤門さんから写真を返却していただきたいという連絡が入った。そこで担当編集者に頼み、印刷所から戻った膨大な写真や原稿の中から写真を引っ張り出してもらったが、あろうことか、その編集者が写真を紛失してしまい、どこを探しても出てこない。しかたないから藤門さんに謝罪し、なんとかお許しをいただいた。
それから1年もたたないうちに、藤門さんによるビーパル新連載が決まり、担当の新人編集者(さっきの人とは別人です)が「アリス・ファーム」に行って打ち合わせをするというじゃないか。それを聞いた僕は即座に「その打ち合わせ僕も行きます!」と言ったのだった。
同行の理由はもちろん写真紛失の謝罪。こんなことで藤門さんとの関係が途切れてしまうのが、どうしても許せなかったのだ。もちろん、打ち合わせに関係ないので旅費はすべて自腹だった(わざわざ書くほどじゃないよね)。
こうして初めて憧れの「アリス・ファーム」を訪ねた僕は藤門さんに写真紛失の件を謝罪。もちろん藤門さんは笑って許してくれたのでした。
▲28年ぶりにアリス・ファームを訪ねて再会した藤門弘さん(右)、宇土巻子さん(中)、そし
てワタクシ名畑(左)。この時、私が着用しているのが、かつてアリス・ファームの主力製品の
ひとつだったノルディック調のセーターです。
▲本部の玄関にはかつて藤門さんが製作したシェーカー作品が展示してあった。シェーカーとは
18世紀後半から19世紀にかけてアメリカで活動したキリスト教の一派シェーカー教徒のこと。
厳格な教義のもと、田園で自給自足の共同生活を送った彼らの生み出した家具などの作品は、完成
された機能美で今も人気が高い。
カントリーライフの魅力を凝縮した
藤門さんのクラフト作品に感激
その後、「アリス・ファーム」へは取材とプライベートで何度も通った。あの頃にあったメインの建物に泊まり、スタッフやスクールにやってきた方々と一緒に食事をし、冬のクロスカントリー・スキー大会では作家の野田知佑さんや椎名誠さん(このおふたりも、もちろんレジェンド)と一緒にスキーを楽しんだ。
そんな「アリス・ファーム」に僕が最後に訪れたのは、今から28年も前のこと。当時、結婚して子供が少し大きくなった僕ら家族は北海道旅行を計画。ちょうど「ビーパル」でモノにまつわる連載を担当していたので、「アリスファーム」のセーターを取り上げようと考え、藤門さんとパートナーであり「アリス・ファーム」のもうひとりの主宰者である宇土巻子さんにインタビューして記事を作った。
以来、たまに北海道に取材で訪れることはあっても忙しく一泊で帰ることが多く、なかなか赤井川村の「アリス・ファーム」まで足を伸ばす機会がなかった。
そんなある日、久々に北海道・札幌での仕事が決まった。これぞ絶好のチャンス。家内に聞くと一緒に行きたいというので藤門さんに訪問を打診すると「ずっといますから、是非いらしてください。紅葉が終わって少し寂しい季節かもしれませんが大歓迎です」との返事をいただいた。
こうして2024年10月、札幌での仕事を終えた私は家内と共に札幌から列車で小樽に向かい、そこでレンタカーを借りて赤井川村の「アリス・ファーム」へと向かった。
久々に訪ねた「アリス・ファーム」は、当然ながら以前とは違っていた。そこで最初に目に止まったのが、「じょうろ博物館」と書かれた小さなキャビン。「ここで『じょうろ』を展示してるんですか?」と藤門さんに聞くと、「いや、最初はいろんな『じょうろ』を並べてたんだけど、さっぱり人気がないので今は自分の工房にしているんだ」とのこと。中に入ってみると藤門さん自らが製作したクラフト作品が所狭しと並んでいる。
そういえば藤門さんは昔から風の力で動くクラフト作品を作っていたことを思い出した。その趣味が今、アーリーアメリカン調の風見鶏や素朴なおもちゃに結実しているのである。
「冬の間は雪にとざされるから工房にこもって作品を作るんだよ」と楽しそうな藤門さん。これに感激してカラフルなカワセミの風見鶏と手でロッドを握ると体操をする人形の二作品を譲っていただくことにした。
その後、レンガ造りの重厚な本部に移ってランチ。フレッシュな野菜サラダや生ハムとチーズの前菜、キノコのスープ、ナスとミートソースのチーズ焼きなど、巻子さんが用意してくれたカントリーライクな手料理はどれも美味しく、25歳の頃に「アリス・ファーム」を訪ね、スタッフやスクール受講生の方々と食卓を囲んだときのことを懐かしく思い出したのだった。
▲「カントリーストア」から「ベリーの丘」に向かう途中にある「じょうろ博物館」。藤門さん
に「じょうろを展示しているんですか?」と聞いたら「誰も興味を示してくれないから今や僕の
アトリエになってるよ」というので中を見せてもらったら、実に理想的な手作り工房。羨まし
いったらありゃしない。
▲アトリエには藤門さんが手掛けたクラフト作品がぎっしり。右は以前から藤門さんが製作を続
けている風を受けて動き出す作品。花に水をあげたり、カヌーを漕いだり、アリス・ファームの
カントリーライフそのままが木の玩具で再現されている。左は背中の棒を操作して踊らせなが
ら、ハーモニカなどで音楽をつける操り人形。その場で藤門さんが実演してくれました。
▲私が藤門さんから購入したクラフト作品。右はカラフルな「カワセミの風見鶏」、左は2本の棒
の下のところを手で握ると、お兄さんがくるくると体操する玩具。どちらも手作りの温もりが感
じられて楽しくなります。
▲アリス・ファーム「ベリーの丘」の上にある本部は「メイプル・ハウス」と名付けられ一般に
は非公開。しかし、こうして見るともはや日本であるということを忘れるね。それぐらい、この
建物は周囲の景色に馴染み、まるでヨーロッパの田舎のような風情を醸し出しています。
▲私と家内の訪問にあわせて宇土さんが用意してくれた手作りの料理。生ハムとチーズの前菜や
キノコのスープ、ナスとミートソースのチーズ焼きなど、料理の達人・宇土さんならではの美味
しい料理が食卓を飾った。そんな料理の秘密を知りたければ、先ごろ刊行された宇土さんの著書
「カントリーキッチン」(山と渓谷社)の復刻新装版を御覧ください。
あの頃の思いが蘇るアリス・ファームのセーター
このとき、僕が着ていったのが、かつて「アリス・ファーム」が販売していた手編みセーター。実はこのセーターを入手したのは、ごく最近。2022年の10月、とある時計ブランドの発表会で原宿を訪ねた僕は、そのまま帰るのがなんだかもったいなく思い、「そろそろセーターの季節。なにか掘り出し物でもあるかな?」と一軒の古着屋に立ち寄ったのである。そこで何十枚か並んだセーターを次々に見ていったところ、なんと「アリス・ファーム」のセーターがあるじゃないか! そこで「これを僕が買わずに誰が買う?」と入手。しかしこれが本当に藤門さんには申し訳ないくらいのお手頃価格。嬉しいような寂しいような不思議な気持ちだったが、その入手の経緯をフェイスブックにあげたら、なんと藤門さん本人から「名畑さん、ありがとう」とメッセージをいただいてしまった。本当に恐縮だけど、せっかく久々の「アリス・ファーム」訪問だし、季節もちょうど良かったので着用していったというわけなのだ。
もちろんアリスのセーターは昔からの愛用品でもあって、私だけでなく家内や娘もよく着ていた。今回、原稿を書くにあたって家中を探したら出てきましたよ、往年のアリスのセーター。どれもちゃんと保管しておいたので虫食いもなく良い状態。子供用はちょっと無理だけど、また家族で着用したいと思っている。
そのアリス・ファームは昨年(2024年)で創立50周年を迎えたとのこと。現在、藤門さんはアリス・ファームがある北海道余市郡赤井川村の村議会議員でもあり、2024年8月には赤井川村とモンベルの「包括連携協定」締結に尽力したり(モンベルの辰野勇会長と藤門さんは長年の友人でもあります)、これからの創立60周年に向けて「森を守り森をつくる」をテーマに北海道をぐるりとまわって森林再生研究の専門家に話を聞きに行ったりと、相変わらず精力的に活動中。
僕は僕で藤門さんのクラフト作品に感銘を受け、その展示会をなんとか東京で開催できないかと模索中。冬の間、藤門さんは例のアトリエに籠もって作品製作に注力するとのことなので、春になったら展示会開催に向けて具体的な活動を開始しますから、皆さん、もうちょっとお待ち下さい!
▲我が家にあるアリス・ファームのセーター・コレクション。一番上が2022年に原宿の古着屋で
見つけて購入したもの。その下左が家内が90年代に購入して着ていたもの。右下は96年にアリ
ス・ファームを訪問した際に入手した子供用。一番下はアリス・ファームのクロスカントリース
キー大会に参加した際、なんとくじ引きで当たったもの。ラッキーでした!

▲アリス・ファームでの四季折々の生活と、羊を飼って毛を刈り、草木染して糸を紡ぎ、セー
ターを編むまでを網羅した「羊飼いのセーター」(日本ヴォーグ社 1993年)。表紙に登場した
有巣君と仁木君の兄弟も、もう立派な大人です。
▲この本の見どころは、セーターのことだけでなく、当時のアリス・ファームの暮らしや活動を
きっちりと網羅し、紹介していること。理想的なカントリーライフの姿がここにあります。現在
は古書でしか入手できませんが、探してみる価値はあります。
▲北海道余市郡赤井川村の丘の上にあるアリス・ファームの「カントリーストア」および「ブ
ルーベリー・カフェ」。こちらを訪ねるとジャムなどの製品を購入したり、カフェや特製のマ
フィンを味わうことができる。詳しくは下記の公式ページを確認してください。
▲アリス・ファームは1974年、岐阜県清見村有巣に誕生し、2024年で50周年を迎えた。1983
年、北海道余市郡赤井川村に移転し、現在は果樹栽培とそれらを素材とするジャムや「飲む黒
酢」作り、マフィンの販売などを軸に活動。赤井川村には製品を購入できる「カントリースト
ア」も設置されている。その足跡や製品の購入については公式ページからどうぞ!

アリス・ファーム
〒046-0511
北海道余市郡赤井川村日の出
電話 0135-34-7000
https://www.arisfarm.com/
プロフィール
Masaharu Nabata【名畑 政治】
1959年、東京生まれ。’80年代半ば、フリーランス・ライターとしてアウトドアの世界を
フィールドに取材活動を開始。
’90年代に入り、カメラ、時計、万年筆、ギター、ファッションなど、
自らの膨大な収集品をベースにその世界を探求。
著書に「オメガ・ブック」、「セイコー・ブック」、「ブライトリング・ブック」(いずれも徳間書店刊)、「カルティエ時計物語」(共著 小学館刊)などがある。
現在は時計専門ウェブマガジン「Gressive」編集長。
