ワイナリーを巡って畑や醸造所を見学したり、試飲したり、時には食事や宿泊も楽しんだりするワインの旅「ワインツーリズム」。
前回は今注目のワイン産地「千曲川ワインバレー」について書いたが、今回はもうひとつの「推しワイン旅」をご紹介したい。北海道・余市地区のワイナリー巡りである。
余市といえば、ニッカウヰスキー発祥の地でもある余市蒸留所が有名だが、最近ではそれ以上にワインの名所として知名度をあげつつある。
きっかけはいくつかあるのだが、ひとつには余市とその隣町の仁木町が、2011年に国が定める「ワイン特区」に指定されたこと。酒税法上、ワイナリーを開設するには年間6キロリットル(6000ℓ)の製造量を確保しなくてはならないが、「ワイン特区」に指定されれば年間2キロリットル(2000ℓ)の製造量でワイナリーが開設できる。この規制緩和が追い風となって、余市地区には家族経営の醸造所を中心にワイナリーが増え始め、現在15軒の生産者がひしめきあっている。
もうひとつは、ワインを生産する上での環境に恵まれていること。余市地区は北緯43度に位置しており、世界のワイン吟醸地と気象条件が似ている。梅雨や台風もなく、豪雪地帯でもないことが、ワイン作りを目指す人にとっては安心材料となったようだ。
さて、そんな余市のワイナリー巡りだが、東京から日帰りできる千曲川ワインバレーとは違って、本州から行く場合は宿泊が必須になる。車で一時間程度の小樽に宿を取るのもひとつの手だが、最近では余市ワインをコンセプトにしたホテルや、ワイナリーが経営するオーベルジュも誕生し、来春にはさらに増える見込みだ。どうせ行くならこうした地元宿に泊まり、朝から晩まで余市ワイン旅に「沼る」ことをお勧めしたい。
●行けば夢心地になる3つの幸せワイナリー
実はこの3月、まだ雪が残る季節に、私自身も余市でワイナリー巡りを楽しんだ。
宿泊したのは、2020年に余市駅前にオープンしたばかりのホテル「Yoichi LOOP」。
こちらはHPのキャッチコピーそのままに「ワインを楽しむホテル」である。
ホテル一階のスタイリッシュなレストランのセラーには、余市ワインが所狭しと並んでいる。料理は「京都吉兆」などで修行したシェフの仁木偉氏が、繊細な味わいの余市ワインに寄り添った創作料理を提供、ベテランソムリエの倉富宗氏がペアリングを担当してくれる。
驚いたのは、人気なのに生産量が少ないため超入手困難な「ドメーヌ・タカヒコ」や「ドメーヌ・モン」など幻の余市ワインが、ここでは普通にペアリングで飲めたことだ。さすがは地元というべきか、東京のレストランではまず実現不可能な“夢のサービス”といえるだろう。
余市から車で10分ほどの仁木町にあるワイナリー兼オーベルジュの「NIKI Hills Winery(ニキヒルズ・ワイナリー)」も訪問マストの複合型ワイン施設だ。
2019年にグランドオープン、32ヘクタールの広大な敷地に8ヘクタールの畑があり、本格フレンチを出すレストランや、広大な畑が一望出来るガラス張りの応接間のような試飲室を併設している。
圧巻なのは地下にあるレストランで、樽が並ぶワインセラーに囲まれた中にテーブルが設置され、ヨーロッパ風に蝋燭が灯されている。シェフの永井尚樹氏は国内外の料理コンクールで多数の受賞歴を持つ手練だが、ドイツ品種を中心とするニキヒルズワインの、シャープで端麗な味わいに見事に寄せた皿を提供してくれる。
同じ仁木町では、「ドメーヌ・ブレス(Domeine Bless)」(旧ル・レイヴ・ワイナリー)にも是非立ち寄りたい。ここは医療関係から醸造家に転身した本間裕康・真紀さん夫妻が15年に立ち上げたワイナリー。モダンな構えの社屋には、試飲も出来るカフェが併設されていて、ランチの営業もしている。
ドメーヌ・ブレスが得意とするのはアルザスでよく作られている多品種混醸のワイン。
主力ワインの「MUSUBI」は自社畑で作られた7種類の葡萄をブレンドしており、立体的で複雑な味わいを醸しだしている。「複数の品種を植えることで、ある品種が病気になっても別の品種が無事だったりと、リスク回避にもなるんです」と本間氏。
ドメーヌ・ブレスでは来春のオープンを目指して、コンドミニアム兼ワイナリーを建築中である。開業すれば、ここに滞在しながら余市・仁木町のワイナリー巡りを楽しめそうだ。
●あの「KALDI」のワイナリーも!
余市地区のワイナリーの多くは道外・他業種からの転入組で、個人オーナーが運営する小規模醸造所が中心。しかし最近では、食品店「KALDI」を全国展開する「キャメル珈琲グループ」のような大手資本も参入してきている。
同社が運営する「キャメルファームワイナリー」は14年に13.5ヘクタールの畑を購入し、農業法人を設立。全国からワイン作りを志願するスタッフを集め、地元の栽培家とイタリアの醸造家を招いて準備を進め、17年から本格的にワイナリーを始動させた。
ここの強みは「人手」が豊富なこと。収穫時期には、日本中の「KALDY」から希望者を募り、大人数で一気呵成に収穫・選果までをやってのけるという。ドイツ・オーストラリア系品種を中心にピノ・ノワールなど数多くのキュベを作っているが、シャンパーニュ方式で作る本格スパークリングワインが個人的にはお勧めだ。
いずれも併設のカフェで試飲できるし、ウォークインセラーで欲しいものを選んで購入できる。畑が一望できるカフェではデザートや軽食も用意されており、とても居心地がよい。
余市地区ではこのようにワイナリーが飲食施設やショップを併設するケースが多く、千曲川ワインバレー以上に、ワインツーリストの受け入れ体制が充実している。
ただし千曲川同様、余市地区も車で回ることになるので、飲んだ時の車の運転が問題。こうした事情を受けて、仁木町では今年の7月からワイナリーを巡る「ワインバス」の運行を始めた。これに乗れば心置きなく試飲が楽しめるわけだが、あくまでも仁木町の事業なので、余市までは回ってくれない……。
ワイナリーツアーを観光のひとつの軸に据えるなら、割安運賃で使えるワインタクシーやワインバスは是非とも欲しいところ。このあたりは、今後、自治体の努力に期待したいものだ。
※運行時期、時間等については
下記「仁木町 商工観光振興係」のお知らせをご確認ください。
https://www.town.niki.hokkaido.jp/section/
sangyouka/immd6j0000007gu5.html
プロフィール
Yuko Kibayashi 【樹林 ゆう子】
弟とユニットを組み、漫画原作を執筆。姉弟で亜樹直(あぎ・ただし)のペンネームを共有し、
2004年からワイン漫画「神の雫」を連載開始。
「神の雫」はフランスのほか韓国、台湾、アメリカなどでも翻訳され、翻訳版を含む発行部数は1200万部。
2009年、グルマン世界料理本大賞の最高位の賞「殿堂」を受賞。
2023年現在、ドラマ「神の雫/Drops of God」が世界配信され、各国で好評を博している。
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