当たり前のことだが、ワインは栓を抜いてみないと、美味いか不味いかわからない。1000円程度のワインでも開けてみたら驚きの味わいだったこともあるし、1万円もするワインでガッカリさせられることだってあるのだ。
よく知らないワインをボトルで買い、1杯飲んで「失敗だった」と思っても、消化試合のように残りを飲むしかない……。これがワイン選びのキビシイところである。
最初にグラスで一口飲ませてもらい、ボトルを買うかどうか判断できたら、消費者はありがたい。しかしお客にいちいち試飲させてくれる気前のいいワインショップは数少ない(あったとしてもボジョレー解禁日など、催事の時だけだったりする)。実はワインバーやビストロでも、グラスワインの種類を豊富に揃えているところは非常に少ない。そういう状況が、いろいろな種類を飲んでワインを掘り下げたい人にとっての障壁になってしまっていると思う。
ソムリエやワインエキスパートを目指す人たちは、さらに大変だ。どちらも一次試験は筆記だが、二次試験では課題に出されたワインを飲んで、品種や産地や特徴を分析し、コメントしなくてはならないからだ。知り合いのソムリエ氏によれば「二次試験対策にボトルを自腹で買って勉強するのは、産地も品種も多すぎるので無理です。みんなレストランやワインバーなどで働いて、お客さんの飲み残しを分けてもらって勉強します」とのことだった。
なんとも涙ぐましい努力ではないか。もっと気軽に、いろんなワインをちょっとずつ飲める店があったらいいのに……と、常々モヤモヤしていたところ、先日“グラスワイン難民”の救世主ともいうべき画期的なワインバーを見つけた。
▲nomuno有楽町店。大阪心斎橋にも系列店がある。
▲グラスも皿もセルフで。電子レンジもある
東京においては赤坂と有楽町に店舗を展開する「nomuno(ノムノ)」。この店、日本初の「定額制セルフワインバー」で、時間によって定められた金額を払えば、なにをどれだけ飲もうと自由なのだという。例えば30分なら1500円、2時間3300円、時間無制限コースが3900円と、酒屋でワインボトル1本を買うより安いくらいのお得な料金で、店のワインをフリーフローで飲める。ライブラリーと呼ばれる棚にずらりと並んだワインは、最大100種類にも及び、8~10カ国の産地が揃っているという。
お客はグラスを持って、ライブラリーの中から好みのワインをセルフで注ぐ。ラインナップをチラ見すると、ロバート・モンダヴィやシャプティエなど有名生産者のものも多いが、見た事もない珍しい銘柄もたくさんあった。
驚いたのが、「食べ物は持ち込みフリー」としていることだ。店で注文できるのは外部専門店とのコラボで提供するボロネーゼと、ナッツなどのおつまみだけ。基本的に料理人はいない。テイクアウト持ち込みもウーバーイーツを店に呼ぶのも、すべてオーケーなのだそうだ。実際、私が赤坂店に飲みにいった時は、ウーバーを何品も取って、店の皿にセルフで盛りつけ、ワイン会よろしく盛り上がっている若者グループがいた。もちろんテイクアウトフードを電子レンジで温めたりもできるし、カップラーメンを持ち込めば、お湯も提供してくれる。
「フード持ち込みフリーは人件費を押さえる狙いもあるんですよ」というのは、ノムノの創業者・蔵石周太さん。
確かに、シェフを常駐させるとなると、人件費だけでなくキッチンも簡易なものでは済まなくなる。合理的な判断だと思うが、料理提供をカットして、店名通り「飲むこと」だけに舵を切ったのは、創業者のワインへの強い思い入れが見え隠れする。
実はそれは、蔵石さんの体験に基づいている。蔵石さんは、大学在学中にワイン資格試験の一次(筆記)に合格。実地試験である二次にチャレンジするのだが、経験値が足りないことに苦しむ。
「学生でお金がないので、ワインバーにいくのも難しく、苦労しました。グラス一杯よりも少ない量でいいので、いろいろな品種のワインを飲んで勉強したかったのに、そういう場所がなかった」(蔵石さん)
それから十年以上も経った現在も、ワインの勉強の場が少ない状況は変わっていない。蔵石さんは、自らそこに風穴を開けるべく「ノムノ」を開業したというわけだ。
「ノムノ」には、ワイン資格試験の二次が行なわれる10月が近づくと、受験者のお客がどんどん増えてくる。それに合わせて、赤坂店では「ソムリエ試験対策ウォーミングアッププラン90分3500円」という特別コースも設けている。
お店ではワイン資格試験に役立つよう、葡萄品種の特徴がわかりやすく表現されているワイン、日本では手に入りにくい珍しい品種のワインなども、一通り揃えているそうだ。
「自分の好みのワインが何なのかは、多くの種類を飲んでみないと想像がつかない。資格試験対策だけでなく、好きなワインを見つけたい人にも、うちの店でワイン体験を重ねてほしいと思っています」と、蔵石さん。
ワインの魅力に目覚めるきっかけは、私自身がそうだったように「心を揺さぶる1本」との出会いではないかと思う。しかしその1本に巡り逢うためには、人間同士のそれと同じく、数多くのワインと出会う経験が必要だ。ワインの消費量が右肩上がりに増えつつある昨今、「ノムノ」は人とワインの出会いの場として、ますます注目を集めていくことだろう。
プロフィール
Yuko Kibayashi 【樹林 ゆう子】
弟とユニットを組み、漫画原作を執筆。姉弟で亜樹直(あぎ・ただし)のペンネームを共有し、
2004年からワイン漫画「神の雫」を連載開始。
「神の雫」はフランスのほか韓国、台湾、アメリカなどでも翻訳され、翻訳版を含む発行部数は1200万部。
2009年、グルマン世界料理本大賞の最高位の賞「殿堂」を受賞。
2023年現在、ドラマ「神の雫/Drops of God」が世界配信され、各国で好評を博している。
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