『Wine百色Glass』 ”Glass3” 樹林ゆう子

大人の逸品エッセイ
2024.02.01
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「神は、人類に想像力とワインを与えた」--。
 

 ワインの魅力と奥深さをよく表した、粋なコピーである。

 実はこれは2009年1月に、日本テレビで放映された亀梨和也さん主演の連続ドラマ「神の雫」のキャッチコピー。テレビ局の宣伝部署のアイデアだが、「想像力」という言葉が、ワインをイメージで表現したこの作品をよく捉えていると思ったものだ。

 神の雫の連ドラが放映されたのは、今から15年前。主演の亀梨さんは、高い位置にボトルを掲げてワインをデキャンタに注ぐ主人公・神咲雫のソムリエテクニックを、水を使って何度も練習したそうだ。「水だと粘度がなくて、ワインより難しいんです」と苦笑していた。力演の甲斐あってか、彼はこのドラマで日刊スポーツ主催の「ドラマグランプリ冬部門」の主演男優賞を獲得した。
 

 通常、ひとつのコンテンツは、一度連ドラになったら、別のテレビ局から映像化の企画が舞い込んでくることはない。だから、神の雫のドラマ化の企画は「もう二度とない」はずだった。

 ところが3年後の2012年、思いも寄らぬところからドラマ化の話が来た。フランスの国営放送局系の制作会社からだった。

 「神の雫」は、日本、韓国と続いてフランスでも140万部を売っており、そのヒットを受けての企画だった。彼らの構想を聞いてみると、フランスの俳優と日本の俳優を起用した「国際ドラマ」にしたいという。撮影も、日本とフランスを行ったり来たりするようなスケールの大きい話で、実現には莫大なコストと時間がかかる。私は彼らの希有壮大な企画書を読み、「ほんとにこんな話が実現するのか?」と、頭がクラクラしたものだ。

 ドラマ化については承諾し契約書も交わしたが、案の定カネがかかりすぎて、1年経っても2年経っても実現のめどはたたなかった。しかし、強い情熱を持ってこの企画をなんとか実現しようと動き続けている人物がひとりいた。それが、製作総指揮を担当するクラウス・ジマーマンだった。
 

 8年ほど前だったと思うが、ある時クラウス氏がフランスから単身、私と弟が住む武蔵野市まで、わざわざ相談に来てくれたことがある。コストの高い壁に阻まれながらも、彼は国内外でキャスティングを地道に続けており、「英語のできる日本人俳優で、人気があり、ギャラがお手頃な人はいませんかね?」と聞いてきた。

「ハーフの俳優さんとかですかね。でもギャラが安いとなると……」と答えに困り、言いよどんでしまった。

 クラウス氏とは脚本の話やキャストの件をひとしきりして別れたが、彼の疲れたような後ろ姿が強く印象に残っている。

 その後、フランス側は契約が満期になってからも、金を投じて更新してくれていたが、実現に向けては動く気配がなかった……

 突然、風向きが変わったのは、5年前だった。

「神の雫」はアジア圏とフランスでは翻訳版が刊行されているが、英語版はなぜか出遅れていた。2019年、私たちはたまたまアメリカ西海岸でイベントを開催することになり、それに合わせてアマゾン・アメリカで電子版の配信をスタートさせた。するとこれが、毎週売り上げベストテンに張りつくヒットになった。同時に、アメリカでの知名度がジワジワ上がってきた。

 個人的には、このアマゾン・アメリカでのヒットが、山を動かしたんじゃないかと思っている。その後まもなく、西海岸に本社を置く大手映画制作会社・レジェンダリー・ピクチャーズが、フランスのドラマ化企画に資本参画を表明してきた。ここから話はとんとん拍子に進み始め、クラウス氏が粘り腰で進めていた日仏合同ドラマは「日・仏・米」の合同制作という形に変わり、ついに日の目をみることになった。

 ちなみに漫画では、主人公・神咲雫とワインを挟んで対決するライバルは、遠峰一青という天才ワイン評論家なのだが、クラウス氏から「神咲雫を女性に変更できないか」という打診があった。雫と遠峰は、漫画では異母兄弟だったことが最後に明かされるのだが、このドラマでは国籍も異なる「異母兄妹」にしたいという。確かに男と女の組み合わせのほうが「花」があるかもしれない。原作者としては「ワインがすべてにおいて優先される」という独自の世界観さえ守ってもらえたら、いかなる変更もアリだと思っていた。
 

 かくして主人公はフランス人女優、対するライバルの遠峰役は人気俳優の山下智久さんという配役で撮影がスタート。山下さんは、独学だそうだが英語がペラペラだ。監督やクラウス氏とも、通訳をはさまず普通に会話していた。大したものである。

 シナリオ制作と撮影、編集に2年以上の長い時間をかけ、23年春、日・仏・米の合同制作による国際ドラマ『神の雫~ Drops of God 』はApple TV+経由で満を持して世界に配信された(注)。

 独創的なシナリオと演出、それに山下智久さんの演技も高い評価を得て、配信スタートから最初の一週間で視聴ランキング世界9位になり、まもなく99カ国でベストテン入りを果たす。昨年末、アメリカの巨大エンタメニュースサイト『Collider』に、2019年にローンチされてからのApple TV+全オリジナル番組の評価ランキングが発表されたが、同作は5年間通じての歴代首位に選ばれた。

 『神の雫~ Drops of God』は、ワインを取り巻く世界観だけは原作通りだが、ストーリーはほぼ別物といっていい。とくに主役二人の人間ドラマに関しては、思い切って書き換えてあり、それもまた成功の要因だったといえる。そしてこの大胆な改作は、総指揮のクラウス氏が、原作の世界観を200%理解しているからこそできたことだと私は思っている。

 10月、来日していたクラウス氏と、打ち上げを兼ねて食事した。なんと彼は、すでに「シーズン2」の企画を考えていた。

「今度は、フランスでの撮影には南仏のシャトーを使おうと思うんですよ。それで基本のストーリーは……

 食事そっちのけで熱く語り続けるクラウス氏。この人の情熱が、世界を動かした。シーズン2がもしあるとしたら、きっと今度もワインを追いかけて世界中を行ったり来たりする、でっかいスケールの話になることだろう。

:『神の雫~ Drops of God 』は日本ではHuluの独占配信。 

▲フランス大使公邸イベント
▲記者会見の様子

プロフィール

Yuko Kibayashi 【樹林 ゆう子】
 

弟とユニットを組み、漫画原作を執筆。姉弟で亜樹直(あぎ・ただし)のペンネームを共有し、
2004年からワイン漫画「神の雫」を連載開始。
「神の雫」はフランスのほか韓国、台湾、アメリカなどでも翻訳され、翻訳版を含む発行部数は1200万部。

2009年、グルマン世界料理本大賞の最高位の賞「殿堂」を受賞。
2023年現在、ドラマ「神の雫/Drops of God」が世界配信され、各国で好評を博している。

【編集部より特報!】同ドラマは、膨大な作品数を誇るApple TV+(2019年にサービススタート)の過去全てのオリジナル番組中で、歴代ランキング・ナンバーワンを獲得! 
日本ではHuluにて独占配信中! https://www.hulu.jp/static/drops-of-god/

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