プロフィール
Hirohisa Kaneko【金子 浩久】
モータリングライター。
クルマとクルマを取り巻く人々や出来ごとについての取材執筆を行なっている。
最新刊は『クラシックカー屋一代記』。
●BMW iX1とX1シリーズ
2023年にフルモデルチェンジしたBMW iX1とX1シリーズには舌を巻いた。X1シリーズはBMWの最もコンパクトなSUVで、パワートレインが3種類揃っている。EV(電気自動車)がiX1、ガソリンエンジン車とディーゼルエンジン車がX1。
何に舌を巻いたのかというと、その運転支援機能の先進性だ。iX1とX1は、まだ、完全な「自動運転」ではなく、レベル2という段階のものなのだけれども、インターフェイスに優れ、とても使いやすく、その効果を実感できる。
働きぶりはこうだ。
高速道路や自動車専用道でACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)とLKA(レーン・キーピング・アシスト)機能を働かせ、前車との車間距離を一定に保ちながら同一車線内を走行しているとする。よくある状況だ。
その時に渋滞が始まり、走行速度が60km/h以下に落ちると「アシストプラス」機能が待機状態に入ったことがメーターに表示される。
それを確かめて「ハンドルから手を離す」と、瞬時にアシストプラスは作動し始め、ACCとLKAなどに加えて「ハンズオフ」つまり「ハンドルから手を放すこと」ができる。
渋滞が悪化してクルマの流れが停止してしまったとしても、クルマが発進と停止を行ってくれるのだ。
アシストプラスが作動している時には、メーター画面での表示の他にハンドルスポーク部の左右のインジケーターが緑色に点灯する。
ハンドルから手を離しても他にすることはないのだが、ドライバーの負担が軽くなることは間違いない。ただし、ヨソ見は厳禁で、クルマから見張られている。視線が前方から外れると、即座に運転に戻るように警告文が表示され、インジケーターは赤に変わる。
長々と文章を読ませてしまって恐縮なのだけれども、実車で体験してもらうと、その合理的でシンプルなインターフェイスの優秀性を体感してもらえるだろう。
併せて、iX1の回生ブレーキも秀逸。回生ブレーキの強弱を設定によって変更できるのは他社のEVと変わるところがないのだけれども、iX1では強弱の他にアダプティブモードも選べる。
アダプティブモードでは、割り込みや前のクルマが急減速した時などに車間距離が急に縮まった時に、クルマが瞬時に回生ブレーキを強める。ACC機能を転用しているので、ドライバーが慌ててフットブレーキを踏むのよりも速く確実に減速することができる。そして、状況が戻ると、回生ブレーキは自動的に戻ることになる。
どちらも、自動化に関係する機能だ。将来の完全な自動運転が実現されるまでには無数の段階を経ていかなければならないが、このふたつだけでも、安全性の向上とドライバーの負担軽減、省エネなどの効果はとても大きい。同じ機能を搭載しているクルマは他にもあるが、使いやすさでは今のところピカイチだ。他のBMW各車にもこれらの進化は反映されている。
●日産シルビア
1990年から、メディアをいくつも代えながら連載を続けている「10年10万kmストーリー」は、一台を長く乗り続けるオーナーのインタビューノンフィクションで、今月は初代の日産シルビアだった。
初代シルビアの実物を眼にするのは久しぶりだったけれども、改めて、そのクーペボディの小ささと美しさに溜め息をついた。1968年に造られたそのシルビアをオーナーは1980年に購入し、以来、43年4万5000km乗り続けている。製造されたのは554台のみという稀少なクルマなので、今後ますます輝きを増していくことだろう。
1978年公開の松田優作主演の映画『殺人遊戯』に金色ボディの初代シルビアが登場するのを思い出した。『遊戯』3部作を配信で観直してみよう。
●ベントレー S1コンチネンタル
好天に恵まれた10月22日の日曜日に横浜赤レンガ倉庫前広場で、日本ロールス・ロイス&ベントレーオーナーズクラブの年に一度のイベントが開催された。メンバーたちのロールス・ロイスとベントレーが戦前戦後モデル併せて48台並び壮観だった。
特に、どれも素晴らしいコンディションのクラシックカー群が圧巻だった。
中でも、1956年に造られたベントレーのS1コンチネンタルには見入ってしまった。今まで知らなかった驚きのアングルを知ってしまったのである。
クルマの傍らまで近寄って見学することができたので、あちこち眺め回していた時に、ドアの横に立ちやや下向きに真後ろを見てみた。すると、リアフェンダーの造形がとても優美で繊細なものであることに驚かされた。
太いリアタイヤが収まっているとは思えないほど薄く、フェンダーの“尾根”に相当する部分は鋭い。今まで真横から見ていた時には気付かなかった造形の妙だった。このクルマのボディはH.J.マリナーというコーチビルダーによって製作されている。総生産台数は218台とこちらも稀少だ。
●ヤマハ TRICERA
ジャパンモビリティショー2023で最も長い時間、展示の前に立ち止まって眺め、実写化を想像させられたコンセプトカー。
前2輪後1輪のEVスポーツカー。後輪が同位相にも逆位相にも操舵され、いくつかの走行モードの中には“手動モード”も設定可能。説明パネルには、次のように書かれていた。「新たなドライビングスキルの習得と成長の悦びを提供します。モビリティが自動運転化に向かう今こそ、ヤマハ発動機はもう一度、ゼロから“人間が操縦することで生み出される感動”を探究します」
文面からは、ヤマハ開発陣がモビリティと運転の喜びについて真剣に考えて、入場者に問い掛けている様子が明確に伝わってきた。他の凡百のコンセプトカーたちには望み得ない切実さが伺えた。なんとか商品化してもらいたい。