英国アンティーク博物館をオープンさせる直前、土橋はイギリスのバースに住むコレクターから一台のアンティーク自転車を譲り受けた。なんと価格は10,000ポンド(約200万円)だった!それは「ペニーファージング」と呼ばれるヴィクトリア時代に作られた大きな車輌を持つ変わった風貌の自転車。その独特な形状と歴史的背景から、自転車マニアの垂涎のコレクションになっている。
今回は、ペニーファージングについて、その名前の由来、当時の所有者や乗り方について語ってみたいと思う。
▲約144年前に製造された英国製ペニーファージング
<BAM土橋コレクション>
◆ペニーファージングという自転車の名前の由来
前輪が非常に大きく、後輪が極端に小さく、レトロな雰囲気が漂いお洒落な自転車であるが、この名前は、当時の英国で流通していた2種類の硬貨であるペニーとファージングに由来する。ファージングは4分の1ペニーに相当するため、自転車の前輪をペニー硬貨に、後輪をファージング硬貨に見立てたのである。この名称は、この自転車が一目でわかる特徴的なデザインをよく表している。ちなみに当時のペニーの表面にはヴィクトリア女王の肖像が、裏面には英国の象徴、女神ブリタニアが刻まれている。
▲英国通貨 左:ペニー1877年、右:ファージング1860年
◆当時はどういう人が持っていたか
ペニーファージングは、19世紀後半の英国において高価であり一般庶民が手に入れることは難しく、富裕層である中産階級の男性が主に所有していた。また、その乗り方にちょっとした技術を必要としたため、冒険心やスポーツ精神を持つ若い紳士たちに人気があり、ペニーファージングを都市部の公園や道路で颯爽と乗りこなすことは、一種のステータスであった。つまり現代でいう英国高級スポーツカーのアストンマーチン的な存在だったのかもしれない。
▲当時のイラストに描かれた貴族の様子
◆現代の自転車の原形
ペニーファージングはフランス人の発明家によって19世紀後半に作られ、一般型(オーディナリー 、ordinary)と呼ばれた。しかし、前輪駆動でスピードが出る反面、ブレーキがかなり小さく、坂ではなかなか止まることができず骨折が絶えなかったと言われている。あまりに危険な面が多かったため、イギリスにて改良が重ねられた結果、安全型(セーフティ)と呼ばれる後輪駆動の両輪の大きさが同じ自転車が登場して、1885年に「ローバー安全型自転車(Rover Safety Bicycle)」という名で販売された。オリジナルがケンジントン駅からすぐにあるロンドン科学博物館に展示されていると聞きつけ見学に行ったが、100年以上経過した今でも自転車の形がほとんど変わっていないのは驚きであった。
▲ペニーファージング一般型(オーディナリー )と安全型(セーフティ)
◆ペニーファージングの乗り方
ペニーファージングはその独特な形状から、現代の自転車とは異なる乗り方であり、ちょっとしたコツがいる。まず、乗り手は自転車をしっかりと支え、後輪の近くにある小さなステップに左足をかける。次に、前輪がゆっくり動き出した時に勢いよくステップを蹴り上げ、素早くサドルに座わる。降りる際も同様に、ステップを利用して安全に地面に降りる。この乗り方にはバランス感覚と技術が必要であり、初めて乗る人にとっては曲芸レベルの難易度である。
▲サドルの上にいる時は常に緊張感が漂う。
僕もこのヴィクトリア時代の高級車をユニオンジャックのジャケットを羽織りながら雰囲気を作って挑戦してみたが、案の定、何度も地面に叩きつけられた。その様子を公園で遊ぶ子供達は笑いながら興味深げに見ていた。
幼少期に自転車の補助輪を外すまで泣きっ面になった思い出が蘇った。
モノを引き継ぐストーリー
英国アンティーク探しの旅は続く。
No Antique No Life
プロフィール
Masaomi Dobashi【土橋 正臣】
英国アンティーク博物館 BAM 鎌倉館長。1966 年生まれ。長崎大学大学院修了。
外資系製薬会社の研究員を経て、2007 年 株式会社ファーマブリッジを設立。
また、大学院卒業後に初訪問したイギリスの文化に衝撃を受け、2012 年鎌倉アンティークスを設立。
英国アンティーク輸入やイギリス関連イベントのコーディネートを手掛ける。
日本一のロンドンタクシーコレクターとして、本物のブラックキャブを年代別に所有する。
また、2022年、長年の夢であった英国アンティーク博物館「BAM 鎌倉」をオープンさせる。
建築デザインは隈研吾氏が担当。
古き良きものを継承する啓蒙活動の一環として「No Antique No Life」を掲げて
次世代に向けてアンティークの素晴らしさを発信中である。