『水平線に恋をして』 ”きらめきのその先へ、フローティングビラの誘い。23年9月、僕は「Cannes Yachting festival」を訪れた” 山崎 憲治

大人の逸品エッセイ
2023.11.02
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プロフィール

Kenji Yamazaki【山崎憲治】
 

クルマとプレジャーボートに対する情熱と日本人で最も多くの大型プレジャーボートのテスト経験者としての評価が高い、

海外ボートショーでも知られたジャーナリストである。

2008から「ボート・オブ・ザ・イヤー日本」に携わり、現在は「ボート・オブ・ザ・イヤー日本」実行委員長。

2000年から、「日本カー・オブ・ザ・イヤー」実行委員を務め、現在は同組織で評議委員。

また月刊PerfectBOAT誌顧問。

主な著作は『日本の外車生活』(双葉社)、『新・ニッポンの外車生活』(ネコ・パブリッシング)など。


誰もが知っている5月の『Cannes映画祭』が終わり、リゾートならではの夏の賑わいが終わり、秋の気配が少しだけ感じられる季節にもう一つの祭典が開かれる。
地中海コートダジュールの海の祭典である。

それが『Cannes Yachting festival』(2023年は9月12日火曜日~17日日曜日まで開催)だ。1977年に初めて開催され、今年で第46回を迎える、この『Cannes Yachting festival』は、300フィート(100m)を超えるスーパーヨットの祭典『Monaco Yacht Show』と並ぶヨーロッパで最も権威のあるプレジャーボートのショーだ。
Covid-19の影響で縮小されていたショーも今年は通常開催。筆者も20年前に初めて訪れて以来、毎年欠かさず参加していたが、もちろん開催はコロナでクローズ。実に4年ぶりの訪問となった。

毎年、カンヌ映画祭会場のパレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレのメイン会場、旧港の Vieux Port とカンヌ湾東岸のマリーナPort Cantoの2会場で開催され、今年は15フィート(約5m )~150フィート(約50m)艇までの700艇が海上展示と陸上展示された。
ヨット、モーターボート愛好家はもとより、ラグジュアリーな社交界の面々も感心深いカンヌヨッティングフェスティバルは、セーリングヨットとモーターヨット、モノハルとカタマラン、インフレータブル、今年はEV艇など様々なカテゴリーで時代の最新トレンドが展示されエキサイティングなイベントになっている。
来場者54,000人、参加企業610社、展示ボート数700艇、登録ジャーナリスト592名、展示ポンツーン総距離5㎞と壮大である。

「太陽がいっぱい」のコートダジュールの海岸を背景にしたこのカンヌヨッティングフェスティバルは最新のラグジュアリーなボートと新たな海洋技術を紹介するのにベストな環境と言える。


開催週の半ばには会場に面したクロワゼット通りは人で溢れかえる。ホテルマジェスティック、ルイ・ヴィトン、ラルフ・ローレン、リゾート不動産、カールトン・カンヌホテル、ジュエリーショップ……。通りから一本入るシーフードのレストラン街も日暮れ前からどこも満席となる。まだまだ夏の光のもと、白やロゼのワインにムール貝……。

開催日の前日から実はショーは始まっている。各マリンブランドは世界中のプレスへ向けてカンファレンスを始める。Cannesデビュー艇の紹介や企業方針、SDGs、グリーンエナジー、EV、ハイブリッド、水素、e-fuel、バイオエナジー、時代のトレンドが企業メッセージに組み込まれる。
日暮れ前の海が煌めくころ、マリンカジュアルがドレスコードとなるガラディナーの懇親パーティが、5つ星ホテルのプライベートビーチに設営されたオープンレストランで開催される。ブランドのトップリーダー、ホットカスタマー、世界のディーラー、メディア代表がシャンパングラスを重ねながら親交を深めていく。

翌開催日からは招待客の専用ラウンジが各ブランドには設営されている。もちろんフリードリンク、フリーフード。眼前のポンツーンに舫われるボートには営業担当やプレス担当のみならず、インテリアの担当デザイナーや、開発技術者が同行し、説明を受けながらの内覧となる。

不動産レジデンスの投資物件内覧ではない。あくまでも海をボートで遊ぶそのステージの内覧だ。デッキ空間、サロン、ラウンジ、キッチン、ベッドルーム、バスルーム……。その設えは、素材や機能性だけではない、その先にあるエレガンスである。プレジャーボートのドライブライセンスの規制から日本国内では全長24m以内(約80フィート)のフネ、価格は約8億円からをメインとするマーケットがある。
 

しかしながらここ『Cannes Yachting festival』では、日本のルールとは関係の無い60~70フィート以上のマーケットがメイン。そのほとんどがビスポーク、インテリアの素材やレイアウトなどがフルオーダー可能の世界だ。インテリアアドバイザーの存在は、あらゆる素材に加え、どんなモードの高級ブランドでの対応をも可能にする。オーナー自身の感性、審美眼のもとに建造された、世界に二つとないフネが誕生するわけだ。当然オートクチュールを標榜するマリンブランドも存在する。話題を集めたインテリアデザイナーはさしずめメゾンだ。


インテリアのトレンドを取り入れたウッド素材もふんだんに使用する。チーク、マホガニー、チェリー、オーク、ユーカリ……。50フィートを超えるボートは浮かぶフローティングビラ。メインサロン、キッチン、ロアデッキのスイートルーム、VIPルーム、リゾートホテルの設え以上のインテリア、それはインテリアデザイナーが表現する艶やかなもの。

インテリアは例えばPoltrona Frauのシート、Piero LissoniやJohn Pawsonなどアーティストがデザインするインテリア、トレンドのその先が見える。船舶設計者ナバルアークテクチャーだけでなくデザイナー、アーティストが作品のようにインテリアを提案しオーセンティックでいながらカッティングエッジなトレンドが生まれていく。

Vieux PortのヘリポートにはひっきりなしにVIP対応ヘリが飛来する。赤じゅうたんの敷かれた会場のコリドーポンツーンからはPort Cantoへのシャトルボートが常時離着岸する。オープンゾーンのVIPラウンジにはゆったりとしたリュクスな時間が流れている。沖合にはラグジュアリーなスーパーヨットが何艇も浮かんでいる。


コートダジュールは、昔から貴族階級の避暑地、避寒地だ。世界のセレブリティ、富裕層の艶やかなライフスタイルに彩られたスカイブルーコースト。
それ以上にこの地に魅せられたのは、画家たちやアーティスト。この土地の光と色彩は、セザンヌ、ヴァン・ゴッホ、マチス、ピカソなど多くの画家たちを魅了し、芸術家たちはキュービズムやシュールレアリズムの新しい世界を創り、ル・コルビジェの建築様式が産まれた。
海外の作家たちも影響を受けている。アーネスト・ヘミングウエイ、F・スコット・フィッツジェラルド、DH・ローレンス、トーマス・マン。
カップフェラのサマセット・モームの屋敷にはT・S・エリオット、イアン・フレミングなどが訪れる。ココ・シャネル、ジャン・コクトー、アラン・デュカスのルイ・カンズ……。この地のエネルギーは、時を超えて生き生きと未来へ繋がる。

新たな価値、イズムを生み出すコートダジュールの地、その中心にある『Cannes Yachting festival』。新しいプレミアム、ゴージャス、エレガンス。世界の若返るカスタマーたち、40歳代の感性が創造する新たなマリンスタイルが生まれている。フローティングビラへのこだわり、アイランドホッピングの限りない自由。ヘディングはその先の煌めく人生へ。

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