『Wine百色Glass』 ”Glass9” 樹林ゆう子

大人の逸品エッセイ
2024.08.22
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 暑い……今年の夏はあまりにも暑すぎる。このように35度超えの日々が続くと、ワインの温度管理もいろいろな面で悩ましいことになる。

 ワインは飲む時にも、また保存する際にも、温度に気を配らないといけない厄介な酒だ。セラーで長く保存するなら12度から、高くても18度くらいまでの温度が望ましい。30度を越えてしまうと「高温劣化」という状態になり、風味や香りが損なわれてしまう。
 だからこんな猛暑にネットでワインを買って、「クール冷蔵便指定」を忘れてしまうと、エラいことになる。先日もシャンパーニュを購入した際、うっかりクール指定を忘れ、ボトルがホカホカに温まった状態で届けられた。人間の体温に近い温かさだ。あわてて氷水につけ込んで冷やしたが、まる1日この温度で運ばれていたはずなので、ダメージが大きい。白ワインやシャンパーニュは赤ワインよりも熱に弱く、30度以上の状態が一定時間続くと、本来の優美さが損なわれてしまう。実際このシャンパーニュを一週間休ませて飲んでみたところ、謎のエグミが出てきており、本来あるはずの華やかな香りはすっ飛んでいた。1万円もするシャンパーニュだというのに、返す返すも口惜しい……。

 ワインの輸入販売を手がける「フィラディス」社が、温度が及ぼすワインへの影響について、2015年に興味深い実験を行なっていた。赤、白、泡(スパークリング)の3種類のワインを、それぞれ30度、35度、50度に“温め”たのち、①1時間置いた場合②8時間置いた場合の味わいの変化を、種類別に検証したのだ。
 30度で1時間置いた場合は、意外と大きなダメージはないが、35度まで上げて1時間置くと、香りは廃れた感じになり、果実味にはフレッシュさがなくなったそうだ。さらに50度に温めたワインはというと、もはや飲める状態ではなかったという。
 時間が長くなると、高温ダメージは比例して大きくなる。当初、そんなに影響が大きくないように見えた30度でも、8時間置くと、35度で1時間置いた時と比べて「匹敵するかそれ以上の劣化」が見られた。また赤、白、泡の三種類での影響を比較すると、白→泡→ミドルボディの赤→フルボディの赤の順番で、熱に弱いこともわかった。もっとも脆弱な白ワインは、30度で1時間置くと、即、劣化が始まる。重厚な赤ワインは35度までなら戻すこともあるが、8時間おけば香りや果実味がなくなる。いずれにしてもワインの温度の「越えてはいけない一線」は30度ということになりそうだ。

 以前、自宅のセラーが突然壊れ、気がつくと温度計が28度になったことがあった。このセラーには五大シャトーなどレアなワインを40本以上寝かせていたので、慌てて中身を出して、大量の保冷剤で冷やした。そのうちの1本「シャトー・オーブリオン1990年」は高温の影響でコルクが上に押し出されかかっていたので、弟と一緒に飲んでしまうことにした。しかし実際開けてみると、酒質にはほとんど問題がなく、ソムリエ氏からも「熱が入ったニュアンスは少しありますが、ワイン自体もビンテージも強いので、いい状態に戻ってますね」と褒めていただいた。
 30度の死線をギリギリ超えなかったことが幸いしたか、または屈強なボルドーワインの、それも一級だったことが幸いしたのか。いずれにせよ美味しく飲めたので胸をなでおろした。(まあ、ちょっとモッタイなかったのだが……)

▲ビニール製ワインキャリーバッグに氷水を入れて冷やす
▲高温によってコルクが押し出されかかった90年のCHオーブリオン

●ワインを飲むときの温度も大事●

 保存だけでなく、ワインは飲む時の温度も注意を払わないといけない。たまにお店で赤ワインをボトルで注文すると、かなり高い温度で供出されることがある。「赤は常温で飲む」というイメージのせいかもしれないが、手で触れてちょっとぬるい感じがするようだと温度が高すぎる。これだとフルボディの赤でも、モッサリとして締まりのない味わいになってしまう。

 一般に泡や辛口の白ワインを飲む時の適温は6~8度、ライトからミドルボディの赤ワインは12~14度、フルボディの赤ワインは16~20度といわれている。しかし今年のような暑さだと、すでにグラスが温まっているので、2~3度低い温度から飲み始めたほうがいい。泡ならビール並みに冷やして4度、フルボディの赤ワインなら14~15度くらい。低温時は香りや果実味を感じにくいのだが、温度が徐々に上がっていく過程で、香りや果実味、甘味が、蕾が開くように立ちのぼってきて、グラスが冷えて水滴がつく頃には、最高の状態になっているだろう。
 お店で飲む時、やや温度が高いと感じたら、私は遠慮せずに「氷水で温度を2度くらい下げてください」と頼むことにしている。氷水に入れると1分で1度近く下がるといわれているので、5分も冷やせば適温になる。ちなみに自宅で飲む場合は、私はワインクーラーよりも、ワイン用のビニールバッグに氷水を入れて冷やす。これだと氷との接触面が広いので、ワインクーラーより早く冷えるのだ。急いでいる時は氷に塩をスプーン2杯くらい振りかけると、科学的作用で、さらに早く冷やせる。

 触っただけでは適温かどうかわからない、という人向けに便利なグッズも出回っている。写真のようにワインボトルに巻き付けて温度を測るセンサーや、非接触式体温計と同じ仕組みでボトルや液面のワイン温度を測る温度計もある。いずれもネットで買える。
 それぞれのワインには「もっとも美味しく感じる温度」が存在する。ベストな温度で飲めば、平凡なデイリーワインも予想外に美味しく感じるかもしれない。

▲ワイン温度計 ステンレススチール 温度センサー。18度で適温。
▲ワイン温度計(貝印製)。グラスに注いだ後も測れる非接触型。

プロフィール

Yuko Kibayashi 【樹林 ゆう子】
 

弟とユニットを組み、漫画原作を執筆。姉弟で亜樹直(あぎ・ただし)のペンネームを共有し、
2004年からワイン漫画「神の雫」を連載開始。
「神の雫」はフランスのほか韓国、台湾、アメリカなどでも翻訳され、翻訳版を含む発行部数は1200万部。

2009年、グルマン世界料理本大賞の最高位の賞「殿堂」を受賞。
2023年現在、ドラマ「神の雫/Drops of God」が世界配信され、各国で好評を博している。

【編集部より特報!】同ドラマは、膨大な作品数を誇るApple TV+(2019年にサービススタート)の過去全てのオリジナル番組中で、歴代ランキング・ナンバーワンを獲得! 
日本ではHuluにて独占配信中! https://www.hulu.jp/static/drops-of-god/

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