『昭和34年創業「ナバタ式銘品百貨店」』 第四回 1世紀以上前に英国で誕生した “世界最古のコーヒーミル” 名畑政治

大人の逸品エッセイ
2024.05.13
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味わいに溢れて使いやすい価値あるコーヒーミルが欲しい!

 もう6年以上も前のことだが、ドリップコーヒーにはまってしまい、いくつかの街で焙煎屋さんを見つけて好みの珈琲豆を探したり、ドリップ器具を自作したりと試行錯誤を続けてきた。となると当然、豆を挽くミルも良いものが欲しい。これまでは父が昔、お歳暮でいただいた「こだわりの珈琲」的なセットに入っていた国産ミルを使っていたが、やはり満足できない。(ただし、最近これを検索したらフソー(扶桑軽合金)の『マイブレンド』という製品とわかった。これはこれで興味深いが、それはまた改めて紹介したい)

 さて、何を選べばいいのか? そこで考えたのが欧米の名品ミル。候補はフランスのプジョーかドイツのザッセンハウスだが、どちらも一長一短あり、決めかねていた。しかし考えてみると手挽きミルは時間がかかる。どうせ買うなら時間短縮も狙いたいと思い、電動ミルを探すと、結局、カリタの『ナイスカットG』というモデルに行き着いた。価格も当時3万円程度で実売2万円前後。これに似ているモデルとしてボンマックの『BM-250』もあり、これらが候補となった。

 さて、どちらにしよう? でもよく考えたら、このタイプの電動ミルは場所を取る。我が家のキッチンはほぼ飽和状態で置く場所がない。いずれ電動も入手するとして、「やはり手動か」と考え直し、再びプジョーかザッセンハウスかと頭を悩ませていた。

 ここで急浮上したのが英国のスポング。考えてみると、これは昔から頭の隅にあり、何となく欲しいのだけれど、果たして性能はどうか? 単に古くさいだけで使い物になるのか? 大体、壁や柱に固定できないし、いちいち机にクランプで固定するのは使いやすいか? など疑問が渦巻いて候補に挙げるのをためらっていた。しかし、ネットの評価を見ると意外にも使い易いらしい。しかも、粗挽きしかできそうにない無骨な外観にも関わらず、エスプレッソ対応の極細挽きで使っている人もいるではないか。

 ただし、1980年代に製造終了し、手に入れるとすれば骨董屋かヤフオク、ebayぐらいで価格もジワジワ上昇中。「さて、どーしたものか?」と考えていた矢先、ネットオークションに要求条件にピタリのものが出品されていたので試しに入札。そしたら、なんとほかに誰も入札せず、1万円以下のスタート価格で落ちてしまった!

大きくて重いが、挽き心地は軽やかでスピーディなのがスポングのコーヒーミル『No.1』。
ケヤキ材を用いた専用スタンドと挽いたコーヒーを受ける箱まで自作して愛用している。

無競争で落札できた変なスタンド付きスポング・ミル

 私がスポングのミルに求めた条件は価格が1万円以内。そして付属の受け皿があること。なにしろ製造終了から30年近く経過しているので、新品は滅多に出てこず、受け皿は紛失しているものが多い。価格も数万円することが少なくない。ところがヤフオクで落札したものは、外観こそヤレているが受け皿もあるし、なにより1万円以下という条件をクリアしていた。だが、ひとつ問題があり、それ故に私以外、誰も入札しなかったと思われる。その問題とは手作りの不格好なスタンドに装着されていること。そのスタンドはやたらデカく、おそらく壁紙と思われる白い変な紙で覆われている。これじゃあ誰もが敬遠するよね。

 しかし、スタンドなどネジ3本ですぐはずせる。それどころか私自身で見栄えの良いスタンドを作ろうと考えていたので、その参考にもなる。そう思って躊躇なく入札し無事に落札できたというわけだ。

 ただ、ひとつ誤算だったのは、落札直後、念のためにebayをチェックしたところ、イギリスでスポング『No.1』のほぼ未使用・箱入りが、本体価格と送料合わせて1万1000円ぐらいで出ていたこと。「こっちのほうが良かった!」と思っても時すでに遅し。やけくそでebayでも購入し、いらないほうを売っちゃおうかとも思ったが、考えているウチにebayでは売れてしまった…。

そりゃそうだよね。

 ということで踏ん切りもついたので素直に入手したスポングを手入れし、専用スタンドを作って使うことにした。

ネットオークションで落札し、ウチに届いた直後の状態。太い角材に白い壁紙を貼り、そこにミル本体をネジ止めしてあった。このスタンド自体は使いたくなかったが、そのおかげか無競争で落札できたのだろう。その点では前の持ち主に感謝。

独創的なキッチン用品を次々に生み出した英国スポング社

 ここでちょっとスポングの歴史を紹介しよう。このミルの製造元『Spong & Co.』は1856年、ジェームス・オズボーン・スポングにより英国で創業したキッチン用品メーカー。さまざまな発明を行い、いくつもの特許を取得し、数多くのキッチン用品や家庭用品を製造したが、もっとも有名な製品が1895年に発売されたコーヒーミル(グラインダー)である。これは世界で最初に作られたコーヒーミルといわれ、もっとも小型の『No.0』から超大型の『No.5』まで、構造は同じでサイズを変えて作られた。こうして100年近く基本構造は同じで作り続けられてきたが、1980年代に『Spong & Co.』は『Salter』社に買収される。ミルはブランドを変えて販売されたものの、やがて製造終了。今や“幻のコーヒーミル”となったが、浅草合羽橋で喫茶器具を扱う『ユニオン』が製品から型を取って復刻版を製造販売しているという。ただし、私自身はこれを見たことも使ったこともないので、なんとも言えない。

 というわけで私が入手したのは『No.1』という二番目に小さなモデル。といっても重さ約1.9kgと十分に重く、それ以上に大きなモデルはほとんど売れなかったので(特に日本では)、中古としてもまず滅多に見ることがない。これに当初の計画通り、付属の不格好なスタンドははずして新たに自作し、いちいちテーブルにクランプで固定しなくても使えるようにした。

 スタンドの素材はネットオークションやホームセンターで入手したケヤキの板。ミル背面にある挽き具合調整の部品が操作できるよう、φ60mmの穴をホールソーで開け、カットした部材を木ネジで組み合わせただけだが、念のためクランプとネジの両方でミル本体を固定した。もちろん、取り外しを簡便にしたいならクランプだけでも問題ないが、せっかくの固定用の脚を活用するため両方の固定方式を採用。一応、固定用ネジにはスチール製のマイナスネジで古臭さを強調した。

 こうすることでコーヒーを挽くたびテーブルに固定する手間を省力。普段はキッチンの棚に置き、使う時だけテーブルに持ってくればいい。反面、ミルとスタンド合わせて3.6kgとなり、それを移動させるのは、ちょっと大変だが、固定しておく壁も柱もないので、まぁ良しとしよう。

 さらに付属していた受け皿はサビだらけだし、丸型なので挽いたコーヒーが脇にこぼれることもある。そこでありあわせの端材で四角い箱を作り、これでコーヒーを受けることにした。いずれオリジナルの受け皿は再塗装したいと思っているが、実用的には自作の受け箱のほうが使い勝手が良い。

19世紀末のイギリスで開発され、“世界最古のコーヒーミル”と呼ばれているスポングの『No.1』。ハンドルがS字形からストレートになったり、ノブが木製からプラスチックになったりしたが、基本構造は昔と一緒。鋳鉄製の黒塗りが、どこか蒸気機関車を思わせる。

自作スタンドの裏側にはコーヒーの挽き具合を調整するネジ部品があるので、大きな丸い穴を開けた。ケヤキが硬くてなかなかホールソーの刃が進まないので、穴の周囲が焦げている。

なくなりがちな受け皿も付属していたが、内側が錆びているし、挽いたコーヒーがこぼれることも多いので端材で箱を自作した。どちらにせよ容量はあまり多くないので、一回にひとり分挽くのがやっと。

予備のミルからミンサーまで入手してスポングと一生付き合う覚悟?

 とまあ、ここでやめて素直にスポングのミルを使っていれば良いのだが、やめられないのが私の性分。まず予備として、もうひとつ同じ『No.1』ミルを数千円で購入。それはほぼ使用の痕跡がない新品状態だったが、背面の挽き具合を調整する部品が欠損していた(だから安かった)。そこで、この部品の自作を目指して素材と工具を用意。といってもφ6mmの真鍮丸棒とピッチ「ウィット1/4-20」のネジ切りダイスを買っただけだが、なかなか工作に着手できないまま数年が経過。しかし今年(2024年)の2月、ワイヤーベンダーを製作した勢いで真鍮丸棒を曲げ、ネジを切って調整ノブを製作。本来なら調整位置を固定するためのネジを切ったプレートを作るべきだが、ねじ切りタップは入手したものの、それほど重要ではないので、まだ作っていない。

 さらに『No.1』とは異なるスポング製コーヒーミル『80』を2019年11月に立川の昭和記念公園で開かれた「東京蚤の市」にて入手。使い古し状態だったので格安だったが綺麗に掃除し、アルコール消毒して実用化。これも『No.1』同様、鋳鉄製で小型なのに1.5kgとバカ重い。しかも挽き具合は悪くないが、コーヒーを落とし込む部分(ホッパー)の口が狭くてすぐに目詰まりするので、指でグシグシしながらじゃないと、ちゃんと挽けない。しかも真冬は冷え切っていて手で持てない。まぁ趣味的なミルですね。

 さらにさらに2022年秋の「東京蚤の市」では同じスポング製のミンサーを入手。同社のミンサーにも何種類かあるようだが、私が入手したのはグリーンのホーロー仕上げが美しい『No.E 25』というモデル。これも分解掃除して消毒し、専用のスタンドを自作して実際に肉を挽いて使っている。

 ところが結局、あれだけ悩んでスポングを入手したにも関わらず、その後、旅行先で入手した西ドイツ時代のザッセンハウスのミルや、家内の実家からいただいてきたコーノ(珈琲サイフォン株式会社)の『F201』(ダルマの愛称で知られる名器)などミルの数が増え、気分によって使い分けているので、相対的にスポング『No.1』の出番は減っている。

 最後に、もしもこれからスポングの入手を考えているなら受け皿の有無にはこだわらなくても大丈夫。適当な容器や自作の箱で十分に実用になる。それと使っていると本体の隙間にコーヒーの粉が溜まりやすいので、定期的な分解掃除が必須。これがちょっと手間だが、なにしろ120年以上も前に開発されたミルが実用になるのは、なんとも愉快。その重厚な外観と操作感には、他のミルでは味わえない満足感があることは断言できる。

予備として入手した『No.1』は挽き具合を調整するネジ部品が欠損していたので新品同様にも関わらず安かった。そこで真鍮丸棒にネジを切って自作。抑え金具はまだ作ってないが、これで十分に機能する。

ネジ部品は古い英国の規格である「ウィット1/4-20」でネジが切ってあったので、これに適合するネジ切りダイスを入手。手前にあるのは自作のワイヤーベンダー。これがあれば割と太いワイヤーやロッドが簡単に曲げられる。

スポングが製作したもうひとつ別のスタイルのコーヒーミル『80』。存在感たっぷりでアンティーク市場で人気だが、実際に使ってみると重たいし、コーヒー豆が目詰まりしやすいので、あまりよろしくない。

もともとキッチン用品のメーカーだったスポングだけにミンサーも何種類か製造してたらしい。このミンサーは『No.E 25』というモデルで鋳鉄にグリーンの琺瑯(ホーロー)仕上げ。パーツが全部そろっていたので入手した。例によって台は自作。実際に使ってみたけど問題なし。

ミンサーには、ちょっと剥げかけているけど製造当時のデカールも残っていた。グリーンとゴールドのコンビネーションやロゴがいかにも古い英国を感じさせるね。

プロフィール
Masaharu Nabata【名畑 政治】
 

1959年、東京生まれ。’80年代半ば、フリーランス・ライターとしてアウトドアの世界を

フィールドに取材活動を開始。
’90年代に入り、カメラ、時計、万年筆、ギター、ファッションなど、

自らの膨大な収集品をベースにその世界を探求。
著書に「オメガ・ブック」、「セイコー・ブック」、「ブライトリング・ブック」(いずれも徳間書店刊)、「カルティエ時計物語」(共著 小学館刊)などがある。
現在は時計専門ウェブマガジン「Gressive」編集長。

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