シャーロック・ホームズ物語に登場するヴィクトリア時代のアンティークを多数所蔵する英国アンティーク博物館BAM鎌倉は、シャーロキアン(ホームズの熱狂的ファン)に一度は訪れていただきたい場所である。館内には、シャーロック・ホームズシリーズのほとんどの初版本が展示されており、その歴史的価値を保つ役割があると自負している。土橋が憑りつかれているホームズコレクションについて語ってみた。
◆ホームズ物語とは?
シャーロック・ホームズは、サー・アーサー・コナン・ドイルによって創造された、探偵小説の世界で最も有名なキャラクターの一人である。ホームズの物語は、全60話(長編4編、短編56篇)にわたって展開され、緻密な推理、鋭い観察力、そして科学的方法に基づく捜査が特徴である。この名探偵は、ビクトリア朝時代のロンドンを舞台に、多くの難事件を見事に解決していく。一説によると聖書の次に読まれているらしい。
最初のホームズ作品『緋色の研究』は1887年に出版され、その後『四つの署名』が続いた。初期の作品はそれほど成功しなかったものの、1890年に「ストランド・マガジン」で連載された際、爆発的な人気を博した。これらは後に単行本として出版され、今日に至るまで幅広い読者に愛され続けている。
◆初版本をコレクションする
シャーロック・ホームズの初版本をコレクションすることは、シャーロキアンにとって特別な喜びを与える。土橋はまさにホームズに憑りつかれて、ハマってしまったコレクターであり、まさに沼、コンプリートにむけてまっしぐら!
コレクターというと、オタク、変人、奇人などあまり良くないイメージを持たれがちであるが、実は、勉強家で働き者、ロマンチストが多いのである。つまり、偽物を見分ける知識が必要であり、希少性からくる高価な買い物をして、求める本を見つけるまでの長い時間や労力が必要であるからである。しかし、それらの苦労を乗り越え、手に入れた一冊の価値は計り知れないものがある。
シャーロック・ホームズの初版本を追い求めることは、探偵が事件を解決する過程に似た興奮と満足感があり、永遠に色褪せない喜びをもたらすのである。
また、初版本はその時代の印刷技術や装丁の美しさを反映しており、それらを通じて文学の世界に深く没入することができる。
◆コナンドイルの出版アイデア
シャーロック・ホームズの物語が当初一般受けしなかったにもかかわらず、後に圧倒的な成功を収めたのは、コナンドイルの賢い出版戦略にあった。ビクトリア時代の産業革命で鉄道が現れ、人々は旅行を楽しむようになった。そこで、コナンドイルは長編小説でなく、列車内で読む「短編読み切り」というスタイルが適しているのではないかと考え、月刊誌であるストランド・マガジンの連載を開始した。これが爆発的ヒットに繋がったのである。
また、ホームズ物語の書かれた100年前のロンドンは人口過密になり、イーストエンドの女性達を襲った「切り裂きジャック」のような殺人鬼も現れ、貧富の差の激しい混沌とした時代でもあった。スコットランドヤード(ロンドン警察)の解決もできないような状況に人々は頭脳明晰で警察を見下し、さっそうと事件を解決するヒーロー像をホームズに重ねたに違いない。
そういう意味でビクトリア朝時代に出版されたホームズの冒険シリーズは、当時の社会や文化を映す鏡とも言え、これらの本を通じて19世紀末の英国社会を垣間見ることができるのである。
◆ホームズのブームをもたらしたマンガ「名探偵コナン」
ではなぜ、いま日本で密かにシャーロック・ホームズのブームが起きているのだろう。これは、マンガ「名探偵コナン」の影響もあるようだ。
1994年から連載が始まった「名探偵コナン」の大ヒットは、探偵ホームズの密かなブームをもたらした。この作品の人気により、小学生が、シャーロック・ホームズの作者がアーサー・コナン・ドイルであることを知るようになった。マンガの冒頭で、コナン君の名前が名探偵ホームズの作者の名前に由来している、と言及されていることが大きい。それによって子供たちがホームズの物語に興味を持ち始めたのだ。30年が経過して今なお連載が継続中であることは驚きであるが、その頃、小学生だった子供達はすでに40歳を超え、親子でマンガに熱中する。
このように、「名探偵コナン」がシャーロック・ホームズへの関心を新しい世代にもたらしたことは、非常に嬉しいことであり、ビクトリア朝のロンドンを舞台にした名探偵の冒険は、21世紀の若者たちにも夢と興奮を与えている。
コナン・ドイルは100年後の未来にまさか、自分の名前がついたキャラクターが日本で活躍することなど夢にも思わなかったであろう。
◆ホームズ初版本の価値
さて、ホームズシリーズの初版本の現在の価格であるが、これは発行年やシリーズによってかなり違う。
例えば、マンガ「名探偵コナン」の中で、主人公のコナン君が古書店での手伝いのお礼に、「The Adventures of Sherlock Holmes」の初版本をもらおうとする場面が登場するが、この初版本は、状態が良ければ100万円くらいの価値がある。お手伝いのお礼にしては高すぎるかもしれない。
ちなみに初版本としての価値は、単行本よりも雑誌の方がはるかに高い。雑誌は読んだら捨てられる運命にあり、発行数にくらべて現存数が極端に少ないからである。
特に、発売当初あまり売れなかった「緋色の研究」や「四つの署名」が掲載された雑誌を入手するのは困難を極める。情報収集力と運の強さと粘り強さが必要になり、「四つの署名」が連載された1890年発行の雑誌『リピンコット・マガジン』が土橋コレクションに加わった時の喜びは忘れ難い。価格は探偵気分で推理をしていただきたい。
◆未来のアンティークコレクション
BAM鎌倉に所蔵されているシャーロック・ホームズのコレクションを通じて、世代を超えて国境を越えて文学の喜びを伝える役割を果たし、彼らの愛するキャラクターとのつながりを深めてくれたら幸いである。古い本が新しい世代の想像力を刺激し、古典が新しい形で再解釈されることは、文化の生きた伝承であり、その力は計り知れないものがある。
そういった意味で、『シャーロック・ホームズ』が出版されて137年、『名探偵コナン』が生まれて30年になるが、いつかコナンがアンティーク本としてコレクション対象になる日がくるかもしれない。こんなことを考えるとホームズコレクターとしてワクワクする。
モノを引き継ぐストーリー
英国アンティーク探しの旅は続く。
No Antique No Life
土橋正臣
プロフィール
Masaomi Dobashi【土橋 正臣】
英国アンティーク博物館 BAM 鎌倉館長。1966 年生まれ。長崎大学大学院修了。
外資系製薬会社の研究員を経て、2007 年 株式会社ファーマブリッジを設立。
また、大学院卒業後に初訪問したイギリスの文化に衝撃を受け、2012 年鎌倉アンティークスを設立。
英国アンティーク輸入やイギリス関連イベントのコーディネートを手掛ける。
日本一のロンドンタクシーコレクターとして、本物のブラックキャブを年代別に所有する。
また、2022年、長年の夢であった英国アンティーク博物館「BAM 鎌倉」をオープンさせる。
建築デザインは隈研吾氏が担当。
古き良きものを継承する啓蒙活動の一環として「No Antique No Life」を掲げて
次世代に向けてアンティークの素晴らしさを発信中である。