岐阜のヤイリギターに行って往年の名機をリペアした話
●1970年代のフォークブーム真っ只中に作られた
国産ヴィンテージ・ギター「K.ヤイリ/YW-800」をリペアしたい!
2023年9月、ちょっとした用事で家内の実家がある大阪に行くことになった。その際、荷物を運ぶ必要から新幹線ではなく自動車で行くことになり、どうせなら懸案だったK.ヤイリのギターのリペアを岐阜県可児市のヤイリギター本社に持ち込んでやってもらうことにした。
まずネットでヤイリギターの公式ページにアクセス。そこに「ご愛用の皆様へ」というタブがあるのでクリックすると、お手入れ方法と並んで「修理のご案内」という項目がある。そこをクリックすると修理やメインテナンスの窓口が掲載されているので、直接、電話してリペアの件を相談することにした。
リペア担当の方につないでもらうと、どうやら職人の方だったよう。こちらの希望、つまり「フレットのエッジが尖っているので整えてほしい」、「かなり古いモデルなので全体をチェックして問題があれば修正してほしい」という2点を伝えると、「できる限り30分以内に作業しますが、もしすぐにできない場合はお預かりになりますが、よろしいでしょうか?」という非常に丁寧な回答。「もちろん結構です」と伝えると、「では、お気をつけてお越しください」と、これまた極めて丁寧に案内いただき、かえってこちらが恐縮してしまうほどだった。
●自宅から中央高速を飛ばし K.ヤイリ生誕の地、岐阜県可児市へ
こうして9月某日、東京の我が家を出発し、予定通り15時ごろに岐阜県可児市のヤイリギター本社工場に到着。受付で予約したギターのリペアで伺った旨を伝えると、奥の工房から電話で対応してくれたリペア担当の松尾浩さんがやってきて、我々(家内と一緒に伺いました)を修理工房へ案内してくれた。
その修理工房はアーティストや一般からのカスタムオーダー品を製作する部門と同じ部屋にあり、奥には工房で作られたさまざまなギターが展示され、壁面や棚には工房を訪れた有名アーティストの写真が「これでもか!」というくらい貼られまくっている。それらアーティストの写真は肖像権の問題があるので紹介できないが、「えっ? この人もK.ヤイリを使っているの?」と驚く人が山程いるから、ギターファンは是非、訪ねてほしい。もちろん、修理依頼やカスタムオーダーの注文でなくても、ショールームは開放されており、工場見学(要予約)も随時受け付けているので、問い合わせていただきたい。
さて、工房に着くと早速、松尾さんはケースからギターを取り出し、修正箇所のチェックを始めた。「わかりました。フレットのエッジがたしかに尖っていますから、これを整えます。弦高は当時は今より高く設定されていたのでサドル(弦が乗る部品)を削って現代の基準まで下げるようにします。30分以内で作業しますから、どうぞそちらでお待ち下さい」とヤイリギターの記事が掲載された雑誌を渡してくれた。
それを見ながら椅子に座って作業を見ていると、松尾さんはさくさくと弦をはずし、まず弦を止めるエンドピンの入り口を小さなノコギリで調整。次にサンドペーパーでフレットのエッジを研磨し、なめらかに仕上げていく。これを高速で回転するバフ(布や繊維を束ねた研磨用の円盤)でフレット全体と指板を磨いてくれた。
その後、新しい弦に張り替え、チューニングして弾き心地を確認。そこでナット(指板とヘッドの間にある弦が乗る部分)の溝を調整したものの、納得がいかなかったのか再び弦をはずし、ブリッジ全体を覆うプラスチック板をボディに貼ると、小型のサンダーを取り出してブリッジ全体を削り始めた。松尾さんによれば1970年代当時は弦高の基準が高く、ブリッジ自体も厚くできているので、削ることで弦高を下げられるという。
ここで再び研磨機でブリッジをピカピカに仕上げ、またまた弦を張り直して試奏するものの、まだ納得がいかない様子である。
▲弦をはずし、エンドピンの穴を調整した松尾さんはサンドペーパーを取り出すとフレットのエッジを研磨し始めた。この部分が尖っていたのは工場出荷時からのはずで、これがあるため、あまり弾いていなかったので年代の割には綺麗な状態を保っていたといえる。
●何度もの試奏と調整を繰り返し ついに理想の弾き心地とサウンドに到達
「すみません。あと弦高を0.2mm下げますから、もう少々、お待ち下さい!」といかにもすまなさそうに松尾さんは言うが、「いや全然、大丈夫ですから、よろしくお願いします」とすべてをお任せする。
そしてサドルを削り、ナットの溝を調整し、弦を張り直して試奏した松尾さんはついに納得したのか、さっきとは別の研磨機&バフでボディ全体を磨いてピカピカに仕上げ、「すみません。30分と言っていたのに長くかかってしまって」と、これまた大変恐縮したご様子。時計を見るとたしかに工房に来てから50分ほど経過していたが、これだけの作業を1時間以内でこなしたのは、まったくもって驚きである。
そこで、せっかくだからと家内に松尾さんとギターと一緒に写真を撮ってもらったが、ちょっとはにかんだような松尾さんの表情がとても印象に残る一枚となった。
ここで渡されたギターを軽く弾いてみたところ、調整以前より格段に弾きやすくなり、音も良くなったと実感。気になる料金は、作業終了後、松尾さんが受付まで案内してくれ、そこで会計したが、たったの数千円(+税)。これにステッカーやピック、ギターのサウンドホールを抜いて出る「K.Yairi」マークの焼印を押した円盤までいただいてこの料金。おそらく街のギター工房に依頼したら数万円は確実にかかるリペアだったが、これは出血大サービスで間違いない。
自宅に帰った後、じっくりと弾いてみたが、やはり調整前より格段に弾きやすくなったし、音もより一層、澄んでメリハリが出たように思う。だからギター好きの友人には、調整が必要なK.ヤイリがあったら、面倒でも本社工房に持ち込んでリペアしてもらうようにと熱弁したほどだ。
もちろん、今、これを読んでいるK.ヤイリのオーナーにも、修理や調整の際には交通費をかけてでもヤイリギター本社に持ち込むことをおすすめする。ただし、受け付けているのはヤイリギターの自社製品に限るので、自分のギターのラベルや刻印をよく調べ、「ヤイリギター」の製品であることを確認するようお願いしたいのである。きっと満足する結果が得られるに違いない。
▲照れる松尾さんに無理を言ってギターと共に記念撮影。ちなみに私が、持ち込んだのは1974年に製造された「YW-800」というモデル。トップはスプルース単板、サイドとバックには希少なハカランダ合板が用いられている。品番からわかるように、当時、8万円で販売されていた中~上級のモデルである。
プロフィール
Masaharu Nabata【名畑 政治】
1959年、東京生まれ。’80年代半ば、フリーランス・ライターとしてアウトドアの世界を
フィールドに取材活動を開始。
’90年代に入り、カメラ、時計、万年筆、ギター、ファッションなど、
自らの膨大な収集品をベースにその世界を探求。
著書に「オメガ・ブック」、「セイコー・ブック」、「ブライトリング・ブック」(いずれも徳間書店刊)、「カルティエ時計物語」(共著 小学館刊)などがある。
現在は時計専門ウェブマガジン「Gressive」編集長。