『水平線に恋をして』第二話 BEVボートTYDEからのゼロエミッションメッセージ 山崎憲治

大人の逸品エッセイ
2023.12.18
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第46回『Cannes Yachting festival』(2023年は9月12日火曜日~17日日曜日まで開催)、展示ボート数700艇、150フィートのスーパーヨットから15フィートの小型艇まで、今年のトレンドを示すボートが並ぶ。

その中で一番の話題はBEV(Battery Electric Vehicle=エンジンのない100%電動モデル)ボートのTYDEだった。

その名称は 「THE  ICON」 、なかなか意味深。そのデビューは5月のカンヌ映画祭だが、関心はこのボートショーでピークを迎えていた。

驚くのはそのフォルム、既成のボートの概念を超えたカタチ。今回初めてセットされた「EVビレッジ」ゾーンにそのTYDE「THE  ICON」はいた。

思わず、「なんだこれは?」と声が出る。

一見してエッジの効いたハウスボート。モノハル楔形の船型、ガラス張りのインテリア、モダンなリビングがそのまま走るような……。しかし、とてもボートとは思えないカタチに驚愕しながら興味津々にのぞき込む。

乗船の許可が出て後部デッキから乗り込む。イーブス(ルーフ後部ひさし)からデッキまで、飛行機の垂直尾翼のようなウイングがあり、その上部に給電ポストがある。

サロンに入ると、まるでガラス張りのモダンリビングに入りこんだ様だ。とてもフネの中とは思えない。

フロントウィンドウはなく、両サイドのガラスウィンドウが先端に集まり楔形に。フロアまでの広々とした両サイドのウィンドウの外は海面。

後部の中央部に操船席が位置している。操縦席にはクルマのコンソールのように、32インチタッチディスプレイのマルチモニターがある。

もちろんすべてデジタル表示。ステアリングは半ヘキサゴングリップタイプ。モーターコントローラ―は左右分離のレバー。操船シートにはシートベルトがある。楔形の船首側には3脚のリビングソファにテーブルが横向きにセットされている。ダイアゴナルで幾何学的なデザインのサイドウィンドウやルーフ形状。フネのデザイナーの発想ではない。操船シートに座ると視界は360°パノラマビューだ。乗ったことはないが「まるで宇宙船の中のよう……」な感じに襲われる。

パワープラントはBMW i3のバッテリーを搭載。そのうえEV水中翼システムを持つフォイルボート(水中翼船)なのだ。残念ながら試乗のタイミングを逸してしまったが貴重な内覧はできた。

実はこの船はドイツの新設ボートメーカー「TYDE」と「BMW」の共同開発である。 

全長13.15m全幅4.50m、重量11トン、喫水1.90m、ドラフトフォイリング0.85m。そのサイズは43フィート艇だ。メイン推進機-2×100kW Torqeedo Deep Blue電動モーター。バッテリーキャパシティ240kWh、BMWi3バッテリー40kWh×3。チャージ時間5.5h。9年間の容量保証。通常のマリーナの陸電でのチャージ可能。2時間で50%の充電可能。テクニカルデーターによると、MAX速度33ノット約61㎞/h、クルージング速度24ノット。航続レンジ50nm(50海里:約100㎞)。日常の海遊びにはなんの問題もない。

カーボンゼロ、EVボート実用化への動きは欧州を中心に加速度を増している。

まさに近未来を見せるヘルムステーションが展開する。操船席の眼前コンソールのモニターは6k解析度の32インチタッチディスプレイ、最新のクルマ同様の音声起動システム、ドライブトレーンのフォイルシステムを視認化したインフォメーション画像、前方ソナー、360°カメラシステム、AIベースの衝突回避システム、新しい次元の情報の可視化とデジタルインタラクションを可能にしている。

天気予報の即時更新、チャートナビゲーションの詳細、オーディオ設定、照明の調整etc。クルマ以上に最新トレンドのオンパレード。さすがに意匠はBMWのインスツールメントモニター同様だ。そもそもイクステリアデザインはBMWの「Designworks」。インテリアも含めすべてがイノベーティブだ。既成概念の打破。単に話題性ではなく無限の可能性を表現する力強いメッセージがある。なんといっても類似性を見せないEV艇であり水中翼フォイルボートであることの意味。2基のEVドライブ、タンデムフォイルシステムという最新のハイドロフォイルテクノロジーと、電動推進のコンビネーションでゼロエミッションの実現と妥協のない乗り心地を実現する意気込み。

荒天時の海象でも快適なハンドリングと走破性能を発揮し、その制御能力の高さは高評価を得ている。

海のF1=アメリカーズカップ艇のDNAに根差しているタンデムフォイルシステムはアクティブ水中翼技術と相まって高速フォイルを容易にし、バッテリーの航続距離を伸ばす高効率を示している。

コンピューター管理の新世代のフォイルとラダーの進化は目覚ましい。航空機規格に基づいた制御システムは海象の様々な地点を毎秒数百回スキャンし、リアルタイムの制御を実現したという。

船体ハル設計は高性能ヨットの設計で有名な造船技師Gullaume Verdier氏が手掛ける。氏は競技用のモノハルやカタマランのプロトタイプ設計の世界的リーダーの一人だ。フォイル技術は現在の水中翼技術のリーディングカンパニーであるOceanflight Technologies社が提供している。

TYDEのファウンダーDr.Christoph Ballin氏は、TYDE の共同創設者でありマネージングディレクター。電動モビリティの世界的パイオニアメーカーTorqeedo Gmbh社の共同創設者でもある。もうひとりTYDEの共同創設者でありマネージングディレクターのTobias Hoffritz氏は、デザインとエンジニアリングをリードする。陸、水、空での電動モビリティプロジェクトの今までの実績、さらにBMW AGのイノベーションマネージャーやBMWグループ会社 Designworks の自動車部門クリエ―ティブデレクターなどを務めた経歴から、BMWi3のプラントの活用に至っている。

ゼロエミッションへの水上モビリティは、陸上のモビリティのダイナミックな発展に比べてその進化は遅れている。まだ100%化石燃料で稼働の現実。このTYDE「THE  ICON」の誕生は意義深い。水中翼技術、エミッションフリーの推進力、環境対応素材へのアプローチ、海の環境保全に強力なメッセージを伝えている。

電動化されたモビリティの先頭に立つという願望に突き動かされて、BMWはTYDEと並外れたコラボレーションを実現し、画期的なボートを誕生させた訳だ。デザイン、テクノロジー、その目的において前例のないものだ。「ラグジュアリーボートの分野に革命を起こす準備ができている」と彼らは語る。

アカデミー賞2度受賞のハリウッドの作曲家Hans Zimmer氏とのパートナー契約で、EVボートの静寂なクルージングにモダンなドライビングサウンドが演出されている。スーパーヨットのテンダーに、非日常な水上ボートとしてこのボートの誕生は、間違いなくマリンシーンのネクストステージへの刺激的な指針となるだろう。

この記事を書いている時にTYDE から新たなニュースが飛び込んできた。より現実的でラグジュアリーなデイクルーザー「THE OPEN」の登場だ。全長14.8m全幅4.5mと全長は「THE  ICON」より1m以上長く49フィートのデイクルーザーとしてプランニング。

『「THE OPEN」 に乗ることは海に軌跡一つ残さず、まるで空中をすべるような静寂と沈黙の中で比類のない経験を提供します』とのキャッチコピー。

モノハルフォイル船型のクルーザーが建造可能になったのだ。エンジンの騒音、振動、排気ガスの無いクルージングの体験。風のささやき、手つかずの自然の音、澄んだ水の美しさの体験、波の上を飛ぶ快感を体験したら虜になるだろう。

バウにはエンターテーメントゾーン、アフトはサンデッキが広がる。2シートのヘルムステーションのフラッシュデッキ、バウデッキのシーティングエリアとゆとりのディボートの提案。魅力的なロアデッキのインテリアはモダンな「プリズムキャビンデザイン」。パウダールーム、ベッド、ギャレー、リビングサロン。アートフルなモダンリビングが展開する。インテリア、イクステリアともにビスポーク、テーラーメイドの対応と嬉しい。

ルーフにはソーラーパネルが貼られた全面ソーラールーフ。

全長14.8m全幅4.5m。バッテリーキャパシティ、400kWh。モーター、2×100kw。Maxスピード30ノット。クルージングスピード25ノット、レンジ50nm。ハイドロフォイルテクノロジーとBEV、ゼロエミッションの新しいフォイルクルージングの体験を。加速的に新しいトレンドは生み出されている。マリンシーンは大きく変わろうとしている。

プロフィール

Kenji Yamazaki【山崎憲治】
 

クルマとプレジャーボートに対する情熱と日本人で最も多くの大型プレジャーボートのテスト経験者としての評価が高い、
海外ボートショーでも知られたジャーナリストである。

2008から「ボート・オブ・ザ・イヤー日本」に携わり、現在は「ボート・オブ・ザ・イヤー日本」実行委員長。

2000年から、「日本カー・オブ・ザ・イヤー」実行委員を務め、現在は同組織で評議委員。

また月刊PerfectBOAT誌顧問。

主な著作は『日本の外車生活』(双葉社)、『新・ニッポンの外車生活』(ネコ・パブリッシング)など。

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