『土橋流、モノを引き継ぐコレクションストーリー』 ”#1ブラックキャブの小さな物語” 土橋 正臣

趣味人コラム
2023.11.06
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プロフィール
Masaomi Dobashi【土橋 正臣】

英国アンティーク博物館 BAM 鎌倉館長。1966 年生まれ。長崎大学大学院修了。

外資系製薬会社の研究員を経て、2007 年 株式会社ファーマブリッジを設立。

また、大学院卒業後に初訪問したイギリスの文化に衝撃を受け、2012 年鎌倉アンティークスを設立。

英国アンティーク輸入やイギリス関連イベントのコーディネートを手掛ける。

日本一のロンドンタクシーコレクターとして、本物のブラックキャブを年代別に所有する。

また、2022年、長年の夢であった英国アンティーク博物館「BAM 鎌倉」をオープンさせる。

建築デザインは隈研吾氏が担当。

古き良きものを継承する啓蒙活動の一環として「No Antique No Life」を掲げて

次世代に向けてアンティークの素晴らしさを発信中である。


《 ブラックキャブの小さな物語 》

 

世界一美しいと称されるイギリスのコッツウォルズ。その田舎町の一角に、人々の心を和ませる小さな物語が隠されている。「ブラックキャブカフェ」は、そのひとつだ。
 

ロンドンタクシーは、黒を基調としたデザインが特徴であることから、通称ブラックキャブと言われ、その歴史は辻馬車として始まった。20世紀初頭には、エンジン付きの車に変り、そのシンプルながらも洗練されたフォルムは多くの人々を魅了してきた。そのデザインは時代と共に進化し、現代のロンドンタクシーはガソリンから電気タクシーとなった。しかし、その原点は変わらず、人々を目的地に運ぶための信頼性と快適さを提供しており、ロンドンの風景を象徴するアイコニックな存在となっている。

僕は英国アンティーク探しの旅の途中で、16世紀チューダー朝の建物がそのまま残されたコッツウォルズ地方の町にたどり着いた。その日はイギリスらしいどんよりした天候であったが、広場にはマーケットが開かれ、賑わいを見せていた。その中、偶然にもカフェに改造されたロンドンタクシーと出会った。その瞬間、僕の心は一瞬で奪われた。そこで、カフェのオーナーにその理由を尋ねることにした。
 

「なぜ、ロンドンタクシーをカフェに改造したのですか?」


するとオーナーは和かに次のように答えた。
 

「このブラックキャブはロンドン市内での役割を終えて、廃車になる運命だったんだ。でも、人を運ぶ代わりに、お茶を運ぶ車に変えれば、また次の役割を与えられて大切にされるのではないかと思ったんだよ。」
 

僕はこの言葉に深く共感し、近年話題となっている「アップサイクル」の考え方をこの英国の田舎町で目の当たりにした。アップサイクルとは、不要になったものをただ部品としてリサイクルするのではなく、新しい価値を加えて再利用することを指すのであるから、ブラックキャブカフェは、まさにこのアップサイクルの考え方を体現していると言えるだろう。

モノが使い捨てではなく、引き継がれる時、それは「ヴィンテージ」と呼ばれ、さらに100年の歳月が経てば「アンティーク」となる。モノにはそれぞれの物語があり、そのストーリーが歴史を作る。

ロンドンタクシーもまた、その歴史を持つ一つの物語である。かつてはただの移動手段であり、人々を目的地に運ぶための道具であった。しかし、今ではそれは違う。人々の心を癒し、喜びをもたらすカフェとして生まれ変わり、コッツウォルズの田舎町で新たな物語を紡いでいるのだ。

▲Black Cab Café at Stratford-upon-Avon in Cotswold’s

あれから10年が経ち、ロンドンタクシーを愛するあまりコレクションは10台となった。

そのすべての車両は稼働しており動態保存されている。年式は、古いものは1950年代、新しくは2000年までを揃え、モデルチャンジの状態が一目でわかる。
 

ブラックキャブの特徴は、観音開きのドアで、後部座席は対面式になっており、運転席と合わせて7人乗り。運転席と客席はガラス窓で完全に区切られており、お客さんを助手席に乗せることはない。
天井は高く、当時の馬車の名残りでシルクハットを着用したまま乗れるようになっている。一時は日産製エンジンを積んだタクシーサインのないモデルがビックベンという愛称で輸入された。

また、1955年製オースチンFX3は、ナンバープレート、メタルバンパー、タクシーサイン、当時の料金メーター、ロンドンタクシーライセンスカードもオリジナルで付属されており、マニアの間では憧れの存在になっている。

▲Dobashi’s COLLECTION

今、土橋コレクションに加わったタクシーたちは、ロンドン市内での役割を終え、日本の鎌倉で第二の人生を過ごしている。彼らと過ごすアンティークライフは、僕を英国紳士になった気にさせてくれる。

黒光りするハンドルを握ると、あの日初めて出会った洒落たツイードのウエストコートを着たオーナーとの感動が蘇る。
 

イギリスのカントリーサイドで見つけた小さなストーリー。


 

英国アンティーク探しの旅は続く。

No Antique No Life

土橋正臣

LONDON TAXI FX3 AUSTIN 1955年製

@英国アンティーク博物館BAM鎌倉

https://www.bam-kamakura.com

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