『Wine百色Glass』 ”Glass1” 樹林 ゆう子

大人の逸品エッセイ
2023.11.02
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プロフィール

Yuko Kibayashi 【樹林 ゆう子】
 

弟とユニットを組み、漫画原作を執筆。姉弟で亜樹直(あぎ・ただし)のペンネームを共有し、

2004年からワイン漫画「神の雫」を連載開始。

「神の雫」はフランスのほか韓国、台湾、アメリカなどでも翻訳され、翻訳版を含む発行部数は1200万部。

2009年、グルマン世界料理本大賞の最高位の賞「殿堂」を受賞。

2023年現在、ドラマ「神の雫/Drops of God」が世界配信され、各国で好評を博している。
 


 

その時には気がつかなくても、のちのち振り返ると「あれが転機だった」という出来事が、人には必ずあるものだ。

 

私にとっては、1本のワインとの出会いがそれであった。90年代の終わり頃のことだ。これに出会わなければワインにのめり込むもなかったし、ワイン漫画『神の雫』は、この世に誕生していなかっただろう。

そのワインとは、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ社が作る特級ワイン「エシェゾー」85年。ロマネコンティ社が作る中では一番お手頃な特級ワインである。
 

あれから数十年、漫画を連載していく過程で、さらに高級なキュベを飲む機会もあったが、この時のエシェゾー以上に記憶に残るワインには、巡り逢っていない。

 

『神の雫』は、ワインを愛する原作者が描いた、ワインが主人公の漫画である。ワインの味わいを独特のイメージで表現した異色の世界観が、なぜか日本だけでなく世界中で人気を博し、累計およそ1200万部をセールスするヒット作になった。

16年続いた漫画の連載は3年前に終了したが、それから3年たった今年、日仏の制作会社がタッグを組み、国際配信ドラマになった。

主演はフランス人女優と日本の人気俳優・山Pこと山下智久さんで、日本に先駆けてApple TV+で世界に配信され、99カ国でベストテン入りを果たしたという。国内では現在、Huluで独占配信されており、これまた絶好調とのことだ。そして今回のドラマ化を受けて、今秋から『神の雫』の続編がスタート、またぞろワイン漬けの生活が始まりつつある。

 

もはや仕事というだけでなく、自分の生活とワインは、切っても切れない関係だ。レストランにいってもメニューより先にワインリストを開いてしまうし、海外に行けば観光名所より前にワインショップを覗くのが習慣になっている。

 

ここまでくると、ほとんどビョーキなのかもしれない……が、ワインを「レンズ」のようにして世界を眺めると、食事も旅も人との出会いも、いつもと違った色合いで見えてくる。

 

グラスの向こう側の世界は楽しくて、斬新で、「百色眼鏡」のように変化に富んでいる。このコラムを通じて、その世界をみなさんにも体感してもらえたらと思っている。
 


味わいは煌めく百色

千曲川の主菜はワイナリー



ワインをテーマに据えてみると、普段なら食べない料理を食べたり、出会うはずのない人と出会う楽しさがある。そのなかでも、ワインで圧倒的に楽しさが増すのは、なんといっても「旅」じゃないかと私は思っている。

 

欧米では、ワイン産地を訪問して醸造家から話を聞いたり、地元のワインと地元食材の食事を楽しむ「ワインツーリズム」が、1980年代から盛んになり始めた。しかしその当時、日本ではサントリーなどの大手以外は、観光地のお土産的なワイナリーがポツポツあるくらいで、ツーリズムが成立する状況ではなかった。

▲千曲川ワインバレーのなかでも950メートルともっとも標高の高い畑を持つ、小諸市糠地の「テールドシエル」。
畑から八ヶ岳連峰、北アルプスを望む。
15年に畑を開いた当時は、糠地のワイン生産者はひとりしかいなかったが、現在は9人に増えている。





ところがバブル景気を経て、ワインは急激に日本社会に普及し、大衆化した。

規制緩和の流れもあって、国内に小規模ワイナリーがどんどん出来始めて、今ではなんと全国に413軒もある(※2021年 国税局調べ)。

ワイナリーの数が増えるにつれ、ワインツーリズムという旅のスタイルが、日本にも徐々に普及し始めてきた。
例えばワイナリー軒数日本一の山梨県では、16年前からワインツーリズムに力を入れている。今では96軒のワイナリーが協力体制をとっており、毎年1200人以上を動員しているという。

 

そんななか、私が激推しするのは「千曲川ワインバレー」を巡るツーリズムだ。

「千曲川ワインバレー」とは、千曲川流域の小諸、東御、上田、坂城町など9市町村で構成された、長野県指定のワイン特区に与えられた名称である。

 

千曲川沿いの東御市には、玉村豊男氏が運営するワイン醸造学校があるのだが、ここの卒業生が次々と独立し、現在までに29軒のワイナリーが千曲川流域で開業している。自前の醸造所を持たず委託醸造する生産者も含めれば、およそ100 ブランドのワインが生み出されており、「千曲川ワインバレー」は年々勢いを増している。

▲千曲川ワインバレー巡りで訪れたいワイナリーのひとつ、小諸市に23年3月に誕生したばかりの「Komorokko Farm &Winery」だ。
標高650-950mの市内に点在する耕作放棄地を開拓し、欧州系品種を中心に約18,000本のブドウを、自然農法で栽培している。




ワイナリー開業ラッシュは10年前くらいから始まっており、金融、医療、ITなどからの転職組がほとんどだ。1962年に創業したマンズワインのような老舗大手も存在するのだが、異業種から新規参入した小規模ワイナリーが、ここでは圧倒的に多い。

 

彼らはほぼ家族経営で、独自のスタイルでワイン作りを行なっている。山梨県のお家芸の甲州ワインを作ってみたり、南国でしか見かけない葡萄を育ててみたり、10種類以上の葡萄を育てて実験的なワイン作りをしてみたりと、訪問すると驚くことがたくさんある。そしてそんなワインのなかには、びっくりするほど美味しいキュベがあったりするのだ。

▲「Komorokko Farm &Winery」は敷地内にレストランを併設。創作イタリアン、鉄板焼きがワインとともに楽しめる。



千曲川ワインは概ね生産量が少なく、一般の酒販店では売っていないものが多い。でもワイナリーを訪問すれば確実に試飲できるし、運がよければ併設のショップで買うこともできる。このように出会ったワインを「飲める+買える」というのも、ツーリズムの醍醐味のひとつである。

千曲川ワイナリー巡り、そのほかにもオススメなポイントがいくつかある。第1に、ワイナリー同士の距離が近く、巡回しやすいこと(私は一日に6カ所、回ったこともある)。

 

第2に、新幹線の駅を起点に動けるので、大都市からのアクセスがいいこと。そして、美味しいご飯を出す店が周辺にいくつもあること。蝶が舞う畑を歩き、醸造家の苦労話を聞いた後に、地元ワインと地元料理を味わうのは、まさにワインツーリズムならではの楽しみである。

▲卵形の物体は醸造施設。とてもユニークで印象深い。

千曲川流域では今、素敵な試飲ルームや宿泊施設を新築するワイナリーがあったり、ショップと豪華なレストランが併設された新規ワイナリーも登場したりで、訪問客をもてなす環境が、徐々に整いはじめている。

 

仲間を誘って行くもよし、家族連れでもよし。千曲川流域では、ワイナリーでガッツリ飲みたい人のために「ワインタクシー」も走っている。東京からなら日帰りも可能なので、ぜひ一度、千曲川ワインツーリズムを体験してみてほしい。 

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