『僕の好奇心日記』 ”其の壱フェアアイルニットに惚れる” 松山 猛

大人の逸品エッセイ
2023.11.02
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プロフィール

Takeshi Matsuyama【松山 猛】

作詞家 ライター 編集者

1946年京都市東山区に生まれる。

1964年京都市立日吉ヶ丘高校美術課程洋画科卒業。

1967年友人たちのフォークグループのために書いた『帰ってきたヨッパライ』が

日本発のミリオンセラーとなる。

1970年代からは雑誌の世界で、『anan』『4』『POPEYE』『BRUTUS』などを手掛ける。

其の壱“フェアアイルニットに惚れる“

 長すぎた夏が過ぎ、ようやくおしゃれ魂が甦ると、僕はニットベストやセーターを着ることを楽しもうとする。
 

 若いころから、イギリスの北の海に浮かぶシエットランド島の羊たちからの贈り物であるシエットランドニットが好きだった。

 昭和40年代に日本で出回っていたそれはひょっとしたら名ばかりのものだったかもしれなかったが、極寒の島で生きるための特別に暖かな極細の毛の羊の物語に、十代の僕は心を動かされたのだった。
 

 クリューネックのセーターの下にはチエックのボタンダウンのシャツを着、そしてコットンのパンツというのが、今もカワラヌコーディネートだ。

 大人になって1970年代のイギリスに旅する機会を得るようになった僕は、ある時ボンド・ストリートにあった「W.BILL」という店で、手編みであろうと思われる美しい配色のフェアアイル柄のニットベストに出会った。

 その当時すでにハンドフレームと呼ばれる技法でニットを編み上げる職人が少なくなり、後継者も育たないといわれていたので、迷わずベストとセーターを一着ずつ手に入れたのだった。
 

 また別の機会に同じ店で、かのエベレスト登山隊のも着用していたというシエットランド羊毛の無地のベストも手に入れてみた。

 一着は明るいライトグレイのボタンフロントのもので、もう一着はダークグリーンのVネックのものを選んだ。

 ライトグレイのベストは、合わせるシャツに困らないのがよろしい。およそどんな配色にも寄り添ってくれるので重宝するのだ。

 さらにその日はカシミア糸で編み上げたフェアアイル柄のセーターまで見つけてしまい、冬を温かく過ごすことができるようになった。
 

 子供時代には母が手編みしてくれたト音記号柄のセーターなどで寒い京都の冬を過ごした僕は、セーター大好き人間となり、これまでに様々なセーターと出会い、それを楽しんできた。イギリスのほかフランスや、イタリアへの旅先で出会ったものもある。

 だが最近、再びシエットランドのアンダーソンズ社が製作する、いわゆる“エベレスト”と呼ばれるニットが生産中止となり、いよいよ入手困難になると聞いて、あれこれと手を尽くして探し出すようになった。
 

 体は一つなのにそんなに集めなくてもと思われるかもしれないが、好奇心とポケットマネーが続く限り、このニットウエアアサリは続くだろう。このちょっとした生き甲斐が、人生を豊かにしてくれるからだ。

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