モノにこだわり、仕事も人生も楽しむ。そんな理想的な日々を送っている世界的企業のリーダーが、アイロボット社のCEO、コリン・アングル氏の素顔を紹介するこの短期連載。最終回となる3回目は、アイロボット社がコンシューマー向けロボット界のトップ企業となった今でも、子供の頃の遊び心を失わず、好きなものに囲まれて仕事をしているコリン氏を取り巻く社内の環境を紹介していきます。
筆者にも懐かしいボストン郊外の本社
実は筆者は、2000年前後にアイロボット社の本拠地がある米マサチューセッツ州ボストンで数年間暮らしていたことがありました。当時は、その存在を知らなかったものの、本社屋は郊外のベドフォードという町にあり、その近くのバーリントンモールという大きなショッピングモールでよく買い物をしていたのです。そのため、取材で本社を訪れたときには、懐かしさが込み上げてきました。
アメリカでは、それなりの規模の企業でも、都会の中心部にないかぎり、平屋か低層の建物に入っていることが普通です。その代わり、それなりの広さの敷地に施設が広がっています。取材の際には、コリン氏が割くことのできる時間が決まっていたので、それ以外は、担当の方に社屋内を案内してもらったりしたのですが、それだけでも結構な運動量になりました。
筆者は、自分でも3Dプリンタやレーザーカッターを所有して、色々なモノを作ることが好きなので、実際に研究開発や試作が行われているアイロボット社の総本山ともいえる建物内を興味深く見て回りました(とはいえ、新製品の開発に関わる部署については、さすがに最高機密なのでオフリミットでしたが…)。
廊下には、テスト後の試作機のカバーなどをリサイクルに回すためのビン(容れ物)が置かれ、思わず持って帰りたくなる気持ちを抑えつつ、先へと進んだものです。
ルンバにとっての拷問のようなテスト施設
特に興味深かったのは、ルンバや拭き掃除ロボットであるブラーバのテストを行うための施設でした。住宅の床を再現したフロアで、様々な角度からルンバを走らせて段差を乗り越えられるかをテストしているスタッフの方がいたので、話を聞いてみると、連日この作業を繰り返しているとのことでした。
また、吸塵テストに使われるゴミは、そのために意図的に用意したものだと実際の利用状況と異なってしまう可能性があります。そこで、社員の自宅のルンバで集められた様々な綿くずや糸くず、砂混じりのチリなどが透明容器に入って保管してあり、それらを利用してリアルな試験を行っているのでした。
さらに、本社の建屋の中には典型的な家屋の内部を再現した一角があり、そこでも過酷なテストが繰り広げられています。大きな部屋もあれば、小さな納戸のような部屋も用意されており、本当の家のような間取りでフロアの素材もバラバラな施設の中で、うまくマッピングできるか、障害物を回避できるか、汚れの種類や程度を的確に判断して掃除の仕方を変えられるかといった項目が、実地に確かめられているのでした。
木の杭が乱立した迷路のような部屋もあり、実際にそんな家はないだろうという環境は、ルンバにとってはまさに拷問のようなものです。しかし、そうした極端なテストが行われているからこそ、現実の家の中で長期にわたって機能を発揮できることが、よくわかりました。
しかし、そんな施設づくりにも遊び心を忘れないのがコリン氏であり、テスト用のリビングルームに飾られた写真には、ちょっとしたイタズラが仕掛けられていたりしたのです。
アイロボット社では、トイレの案内板もロボットをイメージしたグラフィックスだった。
お気に入りのガジェットに囲まれて執務
コリン氏の執務室は、想像するよりも小ぢんまりとしていて、試作品を含めたアイロボット社の歴代ロボットの写真や、ガジェット系のコレクションが並んでいます。同行した日本のアイロボットの広報の方が持参されたガシャポン用のミニチュアのルンバにも目を輝かし、ゼンマイ仕掛けの簡単な仕組みで方向転換を行う設計に関心していました。
コレクションの中には、アイアンマンなどのお馴染みのキャラクターもあるかと思えば、スター・ウォーズに出てくる目立たない兵員輸送用の自走車もあります。彼は後者を手にして、実は、その自走車のように地味でも、縁の下の力持ちとして働くロボットが好きなのだと打ち明けてくれました。
今ではロボット掃除機のメーカーとして知られるアイロボット社ですが、拙著の「共創力」に詳しく書いているように、ここに至るまでは様々な紆余曲折があったのです。有名なオモチャ会社のハスブロ社のために恐竜ロボットを開発したこともあり、そのことが、国防や、いわゆるB2B向けのロボットを作るのとは異なる民生用ロボットを開発するうえでのノウハウの蓄積にもつながり、後のルンバ開発にも役立っていったそうです。
また、取材の合間に社屋の周りを散策していると、駐車場に停まっているコリン氏の愛車が目にとまりました。それは、BMWのi8というスポーツカーでした。一見すると、大排気量のスーパーカーにも思えますが、実際には1.5リッターエンジンと電気モーターを組み合わせたハイブリッドカーで、タイヤも燃費や電費を重視したエコタイヤを履いているエコカーなのです。しかも、アクセルの踏み方に応じて、室内には6気筒エンジン風の電子音が流れ、車体下のスピーカーからも同じ音がするというギミックが元から組み込まれています。このように、コリン氏の車選びにも環境に対する配慮や遊び心が伺えました。
コリン氏が考える「共創力」とは?
連載の締めくくりとして、改めてコリン氏が大切にしている「共創力」について触れておきましょう。
子どものときから兄弟で力を合わせたり、高校時代にはアルティメットチーム集めを通して組織作りの面白さを学んだコリン氏は、1人では出来ないことでも、同じ目的や方向性を持つ複数の人間が集まれば、達成できることを身をもって証明してきました。それは、企業にとっても同じで、特にロボット作りの熱意はあっても、資金も技術もビジネスのノウハウも足りなかった創業期から、アイロボット社は他社との協業を大切にしてきたのです。
特に型破りだったのは、製品や技術を開発して他社に納品するような場合には、あらかじめ期間や金額を契約で決めてから臨むものですが、初期のプロジェクトでは、完成したらお金はもらうけれども、完成しなければ何の見返りも求めないという事例もあったことです。その代わり、期間も限定せずに、好きなように開発させて欲しいというのが、唯一の要望でした。
前例のないロボットを開発するにあたっては、プレッシャーとなる縛りがないほうがうまくいくと考え、そのような取り決めをすることが自社にとっての心理的な負担や、相手にとっての金銭的な負担が少なくなって、ウィン・ウィンの関係になれると思ったわけです。
また、自らスタートアップ精神に満ち溢れてアイロボット社を共同設立し、今も新しいプロジェクトにチャレンジしているコリン氏なので、社員が独立して別のビジネスを始めることも積極的に応援しています。中には、一度スピンアウトして会社を興し、教育用ロボットのRootを開発した人たちが、再び、アイロボット社に戻って、Root部門を設立した例もあるほどです。つまり、「去る者は追わず、来る者は拒まず」を実践しているような形なのですが、このようにして組織の新陳代謝が行われていることも、同社が30年に渡って先進性を発揮してこられた理由の1つなのだと思います。
ロボット掃除機や、新たにラインアップに加わった空気清浄機の先にコリン氏が見据えているのは、人間が意識的に何かをしなくても安全・快適に暮らすことのできるアイロボット流のスマートホームです。コリン氏は、これからも自社の強みと他に得意分野を持つ企業との共創によって、理想のスマートホームの実現に向けて歩み続けていくことでしょう。
(この連載で、コリン氏の半生やアイロボット社の歴史に興味を持たれた方は、ぜひ筆者の著書「ルンバを作った男 コリン・アングル「共創力」(https://www.shogakukan.co.jp/books/09388790)もご覧になってください。特に会社でリーダー的な役職に就かれている方には、参考になるエピソードが満載です)
プロフィール
Kazutoshi Otani【大谷 和利】
テクノロジーライター、Gマーク パートナーショップ AssistOn取締役。
スティーブ・ジョブズ、ビル・ ゲイツ、スティーブ・ウォズニアックのインタビュー記事をはじめ、
IT、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動や、製品開発のアドバイスを行う。
最新著書「ルンバをつくった男 コリン・アングル『共創力』」(小学館)
他の主な著書・共著書に『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネスブック)、『インテル中興の祖 アンディ・グローブの世界』(同文舘出版)。
主な訳書として『Apple Design 日本語版』(アクシスパブリッシング)、
『スティーブ・ジョブズの再臨』(毎日コミュニケーションズ[現・マイナビ])など。