・BYD シーライオン7
中国の自動車メーカー「BYD」は、2024年1月から12月までの世界での販売台数が427万台を記録し、世界6位に躍り出た。EVだけでなくPHEV(プラグインハイブリッド)も造っており、EVが41.5%に対してPHEVは58.5%とPHEVの方が多い。そして、EVの製造台数ではとうとうテスラを抜いた。一昨年から日本でも乗用車ビジネスを開始し、2025年3月24日までのBYDの日本での販売累計台数は、まだ約4000台。
そのBYDが新たに中国から日本に送り込むEV(電気自動車)の第4弾「シーライオン7」。
すでに販売されている4ドアセダンの「シール」とプラットフォームなどを共用するが、モーターの最大トルクを20Nm増大している他にもいくつか改良が施されている。
リアにモーターを搭載した「RWD」モデル(価格495万円)と前後に1基ずつモーターを搭載した「AWD」(価格572万円)の2モデル展開。両方を「西湘バイパス」(自動車専用道)と一般道で試乗したが、進化ぶりが伺えた。
西湘バイパスでは、60km/hを境にして走行中のタイヤと路面との擦過音や風切り音が目立ってしまうEVがあるが、シーライオン7は見事にシャットダウンしてみせた。
EVはエンジンがないので低中速域では間違いなく静かだが、速度を上げるとタイヤノイズと風切音がエンジン音がない分よけいに目立ってくる矛盾が生じてしまう。
西湘バイパスの走行車線を60km/hで走っていたら、追越車線を走ってきた大型2輪に追い越された。その時にシーライオン7の運転席側の窓ガラスを下げて初めて大きな排気音が聞こえた。すぐに窓ガラスを締めた途端にそれはピタリと聞こえなくなり、チェーンとスプロケットの歯車が当たる“カチャカチャカチャ”という金属音しか聞こえなくなった。
見事な遮音ぶりに驚かされた。特定の周波数帯の音を車内に入れないのに成功している。BYDのスタッフに確かめると、「遮音対策は、シールよりも入念に施されている」とのこと。シーライオン7はシールより2年後に発売されたので、その分の進化具合が小さくないようだ。
ただ、その遮音対策も万能というわけではなく、サイドミラーが発する風切音や舗装の荒れた路面でのタイヤからのノイズは消し去れてはいなかった。
しかし、運転している時間内で静かに感じる時間は短くないので、DYNAUDIO製カーオディオで音楽を楽しむことができた。今やEVの運転中こそが、最良の音楽鑑賞環境である。
SIMカードを備え、あらかじめSpotifyやAmazon Musicなどのアプリもインストールされているので、もはや自分のスマートフォンを繋げてAppleCarPlayやAndroidAutoなどを経由させる手間とギガ数が省ける。
車内の造形や素材遣い、カラーリングなどのセンスがシールよりもアップデイトされているのもすぐに感じられた。
しかし、メーターパネルもシールから変わっていないので、面積が狭く、映し出される情報の表示が小さい。一見すると端から端までの大きな黒いパネル全面が表示のために使われそうだが、良く見るとつなぎ目があって、メーターとして機能する面積は小さい。日本車でも用いられる手だが、姑息でしかない。十分な広さの荷室は便利。少しボディサイズが大きくなっているが、あらゆる点でシールより進化している。

・モーガン 4/4
今月の「10年10万kmストーリー」は、イギリスのスポーツカー「モーガン 4/4」。なんと、新車から44年4万4000km乗り続けられている。オーナーさんは76歳だから、人生の半分以上をともに過ごしてきた。概算すると年間1000kmしか走っていない。そんな少ししか乗らないのに、手放さずに持ち続けている理由は頷けるものばかりだった。人生がこもっているクルマだった。
・ヒョンデ inster
ヒョンデのコンパクトEV「inster」(インスター)に乗った。3つあるグレードの最上級「Lounge」(価格357万5000円税込)に首都高速と一般道で試乗した。
個性的な外観で、他のクルマに似ておらず、路上で目立っている。5ナンバーサイズのボディは、割り切って、乗車定員を4名に設定している。
ベージュ内装が車内を明るくしているのが良い。シフトレバーがステアリングポストから生えているので、運転席と助手席の間を隔てるものがなく、行き来できる。狭い場所で右側の壁ギリギリに停めても、助手席側から出たりする使い方が容易い。コンパクトカーほどありがたくなる設計だ。
着座位置が高めなので視点も高くなり、見通しが良い。ドア、グラブボックスの上、センターコンソールなど車内モノ入れがあちこち用意されていて便利。
非力な感じもなく、EVならではの停止から滑らかで強力な加速が気持ち良い。やや背が高いボディによる不安定感のようなものも感じなかった。走行性能は、とても良くバランスが取れていた。
大きな長所は、シートアレンジが多彩なことだ。後席の背もたれを後ろに傾けて座って足を倒した前席の背もたれに投げ出せば、行儀はあまり良くないがリラックスできる。EVを出先で充電する場合には、車内で過ごすことにもなるので、こうした車内環境の充実は大事になってくる。その点、このinsterならばゆったりと過ごせるのではないだろうか。
・三菱 トレディア
今回で開催10回目を数えて盛況だった「オートモビルカウンシル」に出展されていて眼を見張ったのが三菱トレディア(1982年)だった。同イベントには、名だたる名車やスーパーカーなどが集結し、今回は特別に有名カーデザイナーのジョルジェット・ジウジアーロのトークショーと彼が手掛けたクルマが何台も展示されていた。
そんな中にあって、トレディアは地味そのもの。名前を聞いても、姿を思い出せる人の方がおそらくは少ないだろう。三菱のクルマとしては、例外的にスッキリとした外観デザインだ。
展示していたのは、埼玉県入間市の中古車販売業者「DUPRO」で、180万円で販売していた。たった4万9000kmしか走っていない人気車でも名車でもない43年前のクルマを、それも良く見付けてきたものだ。
「見付ける魔法があるわけではありません。強いて言えば、“つねにアンテナを張っている”ということでしょうか」
経営者の言葉にグッと来てしまった。大切な姿勢だ。
・アウディ E5スポーツバック
4月23日から開かれていた中国のモーターショー「オート上海2025」の広大な会場には、たくさんの新型車やコンセプトカーなどが展示されていた。
その中で、1台だけ異彩を放っていたのがアウディの「E5スポーツバック」という中国専用EVだった。SAIC(上海汽車)と共同開発された5ドアハッチバック。
ボディサイズは、全長4881x全幅1959x全高1478mm。後輪駆動版と4輪駆動版があり、モーター出力は220kW(299ps)から579kW(787ps)までの4種類。航続距離は770km。0-100km/h加速3.4秒。
最先端の高性能EVだが、僕が着目したのはE5スポーツバックのフロントマスクとテールゲイト。なんと、アウディのシンボルマークとなっていた4本の輪「4シルバーリングス」が存在せず、代わりに「AUDI」という文字がバッジになって光っているのだ。それら2か所だけでなく、AUDIのロゴは車内外あちこちに添えられている。
4シルバーリングスが付いていないアウディなんて初めて見た。今まで、アウディは「技術による前進」というキャッチフレーズを掲げて来た。戦前のグランプリを席巻したミッドエンジンで超先進的設計の「アウトウニオンPヴァーゲン」、4輪駆動の「クワトロ」システム、アルミシャシー、5気筒ディーゼルエンジンなど、独自に開発してきた技術によって他メーカーのクルマとの違いを出し、優越性をアピールしてきた。4シルバーリングスは、アウディがアウディたる必然性が託された象徴だったのだ。
アウディに限らず、これまでヨーロッパの自動車メーカーは長い歴史を背景として開発を進めてきた。その積み重ねがメーカー毎の独自性を生み出し、やがては“ブランド”に昇華していった。ブランドは一朝一夕にできるものではないので、守り続けていくことで競争相手を峻別し、信奉する顧客を惹き付け引き止める。
しかし、E5スポーツバックではアウディは自ら象徴を手放してしまったのだ。これは一体、何を意味しているのだろうか?
もう、4シルバーリングスの背景に存在している神通力を頼りにしない。あるいは、頼りにならないと判断したのだろうか?
もっと言ってしまえば、台頭著しい中国の新興メーカーと較べると、歴史があるぶん古臭く思われてしまう。技術や製品などにも、もはや決定的な違いや差などはないと思われているならば、思い切って変えてしまった方が良いのではないか。そう考えられても、まったくおかしくない状況に今の中国は来ている。それはモーターショーからも街中からも伝わってきた。
・firefly、蛍火虫
もう一台、オート上海の会場で注目したのが「firefly」。独特なカセット式バッテリー交換システムで有名な中国のEVメーカー「NIO」のサブブランドが「firefly」だ。ブランドも第1号車の「firefly」も、オート上海でベールを脱いだ。fireflyとは、蛍火虫というエンブレムが貼られている通り、ホタルのこと。
ボディサイズは、全長4003x全幅1885x全高1557mm。5人乗り。Bセグメントと区分けされるコンパクトカーだ。NIOの副社長クリス・トマソンの元でドイツのミュンヘンにあるNIOのグローバルデザインヘッドクォーターでデザインされた。
リアにマウントされたモーターの最高出力は105kW(143ps)、最大トルク200Nm。0-100km/h加速が8.1秒、最高速150km/h。航続距離は330km(WLTPモード)で、「シティサイクル」では470km。
外部の製品に電気を供給するV2L機能も有している。92リッターという数字よりも大きく見えたフロントのトランクスペースの底にはドレーンが設けられていて、内部を水で洗い流すことができるのが新趣向だ。リアのトランクスペースは404リッターで、後席シートを倒すと1253リッターに拡大する。中国国内での納車が始まっていて、価格は11万9800元(約234万円)から。同時にオランダとノルウェーへも輸出され、価格は29900ユーロ(税込、約488万円)から。その後、14か国へ輸出予定。
2026年にはNIOのステーションでバッテリー交換可能になる。あれこれとたくさん詰め込まず、めったに使うことのない超高性能も追い求めず、それよりも日常での使いやすさや実用性を高いレベルで新しく実現している。3眼モチーフのヘッドライトとテールライトなど、造形センスも新しく、価格も安い。中国の若い世代に大いにアピールするだろう。
プロフィール
Hirohisa Kaneko【金子 浩久】
モータリングライター。
クルマとクルマを取り巻く人々や出来ごとについての取材執筆を行なっている。
最新刊は『クラシックカー屋一代記』。