『Wine百色Glass』 ”Glass15” 樹林ゆう子

大人の逸品エッセイ
2025.05.08
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 ブルゴーニュの1月はとても寒い。なにしろここは北緯47度で、稚内よりも北なのだ。だから冬の訪問は基本避けているのだが、今年はドラマ『神の雫~rops of God 』シーズン2にカメオ出演するためパリに行き、その足でボーヌ(ブルゴーニュの中心地)に向かったので、真冬のブルゴーニュを初めて味わうことになった。

 ボーヌ周辺のドメーヌ(醸造所)取材はとても興味深く、新しい発見があったのだが、寒風が吹き抜ける畑や、低温度で管理されている地下セラーで話を聞いていると、身体の芯からドン冷えしてくる。ホッカイロを持ってくればよかったと、何度も後悔した。
 しかしこの季節に訪問したことで、ひとつ貴重な経験もした。毎年1月最後の土日に開催されるブルゴーニュの伝統的なイベント「サン・ヴァンサン祭り」に、初めて参加できたのである。
 この祭りは1938年にブルゴーニュの騎士団(生産者らによる親睦団体的な組織)が始めたもの。聖ヴァンサンは実在の人物で、4世紀にローマ帝国がキリスト教を迫害していた頃、スペインで殉教した聖職者らしい。ヴァン(ワイン)という名前の語呂合わせもあって、ワイン作りの守護聖人として祀られているそうだ。
 この祭りでは、毎年ブルゴーニュの異なる村が、持ち回りで会場に選ばれる。例えば白ワインで知られる「シャブリ村」はこれまでに34回も会場になったし、高級ワインの産地として有名な「ヴォーヌ・ロマネ村」も、過去2回会場に選ばれている。祭りの日は会場の村を開放しており、畑を見て回ることもできる。ブルゴーニュワイン好きにとっては、楽しみどころ満載の祭典なのだ。
 さらに、愛好家として興味津々なのは、祭りの会場だけで試飲ができるという“特別なブルゴーニュワイン”なのだが……。

 ここでちょっと、ワインの格付けについて解説しておきたい。
 フランスのワイン法によって、ブルゴーニュワインは厳密に「格付け」がなされている。最も格下なのは、ブルゴーニュのどの村の葡萄を混ぜて作ってもいいという「地方名ワイン」で、次に特定の村の葡萄だけで作られる「村名ワイン」、その次が一級に指定された畑の葡萄だけで作られる「一級畑ワイン」、そして一番格も高く値段も高い「特級畑ワイン」の4つである。生産者はこれらの村や畑の格付けと、自社のブランド名をラベルに明記して出荷するわけだが、この祭りにおいては複数の生産者が作ったワインを格付けごとにブレンドして、生産者名なしの「村名ワイン」や「一級畑ワイン」として、試飲提供するのだという。
 これにはビックリした。ブルゴーニュワインは、生産者のブランド力によって値段が倍以上違うこともあるし、同じ一級畑でも知名度の高い畑と低い畑の価格の差はとても大きい。それらをすべて混ぜてしまうというのは、まさに祭りならではの、非日常の試みといえる。ただ、それでも一級畑と特級畑を混ぜたりしないのは、ブルゴーニュに伝統として根付いている「格付け」が、絶対的な意味を持っているからだろう。

●ラドワ村でワインの飲み比べを楽しむ●

 今年のサン・ヴァンサン祭りは、1月25、26日の2日間、コート・ド・ボーヌの北にあるラドワ村で開催された。ラドワ村はそれほど知名度はないが、赤ワインの特級畑「コルトン」と白ワインの特級畑「コルトン・シャルルマーニュ」を擁している。特級畑のワインは高価なので試飲提供されない場合もあるが、今回は飲めると聞いて、期待が高まった。

▲祭り会場になったラドワ村。
遠くにコルトンの丘が見える
▲来訪者は首から試飲グラスをぶら下げて
ブースを巡り歩く
▲民族衣装で音楽に合わせて踊る人々も
▲ブルゴーニュ名物エスカルゴも

 土曜の朝、小雨がパラつく寒い天気の中、シャトルバスに乗って祭りの会場に着くと、すでにエントランスに行列ができていた。ここで8枚1綴りの試飲チケット(1枚で1杯試飲ができる)と、特製グラスを購入し、試飲コーナーを順番に回っていく。
 民族衣装を着て踊る人がいたり、音楽隊が練り歩いたり、会場はとても賑やかだ。道沿いにはソーセージやブルゴーニュ名産のエスカルゴを売る屋台も出ており、美味しそうな匂いが漂っている。

 とはいえ主役はやはりワイン。特に、最も格上の特級畑「コルトン」はなんとしても飲んでみたい。しかし会場の案内図によれば、入口からコルトンの試飲ブースまでは2キロもある。よく見ると村名ワインのブースは入口のほど近くにあり、次に遠いのが一級畑、そして一番人気の特級畑ワインは、さらに遠くの坂のてっぺんに試飲ブースが設けられている。特級畑ワインのためならこの坂道も登ってくるだろう、と主催者は考えたに違いない。その思惑通り、私も息を切らしながら坂を登って、ヘトヘトになりながらようやくコルトンにありつけた。イヤハヤ、遠かった……。

▲コルトンの試飲ブース周辺は大混雑だった
▲ブースでは生産者がボランティアで試飲のお手伝い

 しかしそのコルトン、高級ワインにありがちな長熟タイプで、飲むには早すぎたらしく、固く閉じていて渋かった。むしろ今飲むなら、意外にも格下の村名ワインのほうが柔らかくて美味しい。そして現地で飲むワインは鮮度が高い分、香りがとてもフレッシュで華やか。格下ワインでも花のような香りを充分、堪能できた。

 サン・ヴァンサン祭り、今年の人出は3万5000人程だったというが、昨年は人気の高いシャンボール・ミュジニー村とモレ・サン・ドニ村の合同開催だったため、なんと7万人が訪れたそうだ。 そして来年は1月24・25日、コート・ド・ボーヌのマランジュ村での開催が決まった。ブルゴーニュワイン好きなら一度はこのお祭りを訪れ、その時しか飲めない“特別なワイン”を味わってほしい。少々寒いかもしれないが、きっと楽しめるはずである。

▲村のあちこちに面白いモニュメントが
設置されている
▲聖ヴァンサンをイメージしたモニュメント

プロフィール

Yuko Kibayashi 【樹林 ゆう子】
 

弟とユニットを組み、漫画原作を執筆。姉弟で亜樹直(あぎ・ただし)のペンネームを共有し、
2004年からワイン漫画「神の雫」を連載開始。
「神の雫」はフランスのほか韓国、台湾、アメリカなどでも翻訳され、翻訳版を含む発行部数は1200万部。

2009年、グルマン世界料理本大賞の最高位の賞「殿堂」を受賞。
2023年現在、ドラマ「神の雫/Drops of God」が世界配信され、各国で好評を博している。

【編集部より特報!】同ドラマは、膨大な作品数を誇るApple TV+(2019年にサービススタート)の過去全てのオリジナル番組中で、歴代ランキング・ナンバーワンを獲得! 
日本ではHuluにて独占配信中! https://www.hulu.jp/static/drops-of-god/

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